これを読んでいるあなたは、今何歳なのだろうか。
そして自分のことを「まだまだ若い」と思っているのだろうか、それとも「もう結構な年だ」と感じているのだろうか……。
なぜいきなりそんなことを言うかといえば、自分の戸籍上の年齢をどう捉えるかは、まさに人によって千差万別だからだ。
ある時、患者さんからこんな話を聞いたことがある。その人は80代の女性だったが、毎回、診察室で話す内容などはとてもしっかりしていた。
「この間から歯の具合が悪くて、歯医者さんに行ったんです。『これは本格的な治療が必要かも』と先生に言われたので、『歯は大事って言いますから、ぜひお願いします』と頼んだんですよ。そうしたら、先生がカルテを見て『うーん、今のお年を考えると、すっかり治してから何年、使うことになるのか……』ですって。『治しても、すぐに死ぬ』って言いたいんでしょうかね!」
その情景を思い浮かべて苦笑しそうになったのだが、女性の表情が真剣だったのでそうはしなかった。
そして、「もし自分なら」と考えた。
私は還暦にもそう遠くない年齢だが、気持ちは「老年」より「壮年」に近い。
まだまだ新しいことにもチャレンジしたくて、先日、あることを教えてくれる教室に申し込みをした。受付で「私のような年でも始められますか」と聞くと、若い担当者が申込書にあった私の年齢を見て、「すごいですね。一生勉強ですか」と言った。
もちろん、それは褒めてくれるつもりだったのだろうが、私はふと「そんなに長く続けるかどうか分からないけれど、この人から見ると60歳なんて“一生の終わりの時期”に近いのだろうな」と複雑な気持ちになったのだ。
挑戦するか、無理をしないかはその人次第
そうかと思えば、逆のパターンもある。60代でうつ病になった人に「そろそろ元気になってきたので、リハビリをしてくれる復職支援センターに行ってみませんか」と勧めて、「先生、私をまだ働かせようとしているの? もうのんびりしたいんですよ」と言われたことがある。
70代で通院している人に体の病気が見つかり、先進的な医療を行っている機関をいくつか紹介して、「あと何年寿命があるか分からないのだから、そんな難しいことはしたくない」と断られたこともある。
「まだまだ人生これからですよ! 積極的に治療を受けたり新しいことにトライしたりしましょう」と言ってほしいか、それとも「これまで十分頑張ってきたのですから、後は穏やかに生きましょう。無理はやめておきましょうね」と言ってほしいか、それは本当にその人次第なのだと思う。
そしてもちろん、「いつまでも若く元気で」が良くて、「もうこんな年なんだから」と観念するのは良くない、とも言えない。いやむしろ、自分の年齢をきちんと受け止め、必要のないことはしない、自分らしく人生の軟着陸を目指せる、という人の方が、精神が成熟しているとも言えないことはない。
ここで一つ、私が悩んでいることを皆さんに聞いてもらいたい。私には高齢の母親がいるのだが、もう7年ほど前に健診で肺に腺がんが見つかった。切除可能ということで、母親と私は迷わず「取れるものなら取ってほしい」と手術を希望した。
しかし、母親はその時、既に80歳。手術は幸いにしてうまく行き、その後、再発もないまま現在に至るのだが、決して体力がある方ではなかった母親にとって、開胸しての肺葉切除術はやはり相当な負担だったらしい。その後は何かと体調を崩すようになり、今はほとんど外に出ることもなく、父のいなくなった家でテレビや本を見て暮らしている。
——あの時、もう80歳ですから、と手術を断っていたらどうだっただろう。確かにその後、腫瘍が大きくなって何年も生きられなかったかもしれないが、手術による侵襲はなく、好きだったお稽古事なども続けられていたのではないだろうか……。
一人暮らしの母親のもとには、なるべく毎月戻ることにしているのだが、しんどそうなその姿を見るたびに、「治療の選択で年齢を考慮するのはやはり必要なこと」と思い知るのである。
患者の考え知るための30秒程の遣り取り
さて、私ならどうだろう。もし60歳、70歳、80歳それぞれの年齢でがんが見つかり、「治療をすればQOL(生活の質)は下がる。でも生きられる時間は延びるかもしれない」となった時、いったいどうするか。「もう〇歳だからこのままで」と治療を拒否する気持ちになるのは、いったい何歳のことだろう。
そんな経験をいくつもしたこともあり、今は患者さんに対しては「もうあなたは〇歳だから」と客観的な年齢で何かを決めてかかるのはなるべくやめることにしている。
その人が「私はまだ若い。人生これから」と思っているのか、「もう十分生きてきた。後は穏やかに」と思っているのかは、やはり一人ひとり聞いてみなければ分からない。
それを知るための良い質問があるわけではないのだが、ただ忙しい内科や外科でも「これからの人生のためにできる治療はなるべく全部受けたいですか」などと聞くことで、大体のことは分かるはずだ。
その30秒ほどの遣り取りの時間を惜しむか惜しまないかで、治療に対する満足度はぐっと変わってくると思う。
実は今、腰痛を抱えていて来週あたり整形外科を受診する予定なのだが、そこでは何と言われるだろう。
まだ人間ができていない私は、「ああ、そのお年なら腰痛があってもおかしくないですね。うまく付き合っていくしかないですよ」と言われたら、やっぱりカチンと来てしまうかも……。
その結果については、またここで報告したいと思っている。
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