改革の成否に関わる入管法改正案も対立の火種に
安倍晋三首相は自身が「内閣最大のチャレンジ」と位置付ける、「全世代型社会保障への改革」に着手した。まず、企業に高齢者雇用の継続を求める継続雇用年齢の上限を今の65歳から70歳に引き上げることから手を付け、その後医療費などの負担増に踏み込む2段構えだ。しかし、ゴールまで辿り着くのは容易ではない。
10月22日。安倍首相は自ら議長を務め、成長戦略を議論する「未来投資会議」で、「70歳までの就業機会の確保を図り、高齢者の希望、特性に応じて多様な選択肢を許容する方向で検討したい」と強調した。
高年齢者雇用安定法は企業に対し、①65歳までの定年引き上げ②定年廃止③希望する人を対象とした、再雇用などによる65歳までの継続雇用——のいずれかを義務付けている。首相の発言は③の年齢を70歳まで引き上げることを意図しており、関連法案を2020年の通常国会に提出するとしている。
首相は自民党総裁選の連続3選、第4次安倍改造内閣の発足を受け、残り任期の3年で社会保障を「全世代型」へと転換する方針を表明した。まずは、高齢者でも働くことができる人には社会保障を支える側に回ってもらうことを目指し、継続雇用年齢の引き上げに取り掛かる姿勢を示した。
負担増の議論は全て選挙後に先送り
その後、60〜70歳の間で選べる年金の受給開始年齢について、上限引き上げに向けた見直しにも着手する。年金は受け取り始めが遅いほど給付額が高くなる。受給開始を75歳からでも可能とし、標準の65歳でもらい始めるより年金額を5割程度高く設定するイメージだ。一方で、来年は統一地方選や参院選が控えるとあって、「75歳以上の医療機関での窓口負担割合(原則1割)を2割にアップ」「受診時に定額の負担を別途求める」といった負担増の議論は、全て選挙後に先送りする。
「全世代型への改革」で、継続雇用年齢の引き上げを先行するのは、「比較的ハードルが低い」(首相周辺)という点がある。ただ、元気な高齢者が増えたとはいえ、個人差は大きい上、一時的に若年層の雇用を奪うことにも繋がる。一律の年齢引き上げには、中西宏明・経団連会長をはじめ経済界が強く警戒しており、首相も10月22日の未来投資会議では「多様な選択肢を許容」と言わざるを得なかった。「当面は企業の努力義務にせざるを得ないだろう」(厚生労働省幹部)との見方も強い。
お年寄りにも働いてもらおうという政策の背景には、社会保障の支え手を増やすという目的以外に、「労働力人口を増やし経済成長に結び付ける」という成長戦略がある。主導するのは、首相に寄り添う経済産業省だ。
そもそも、全世代型の下敷きとなった「生涯現役社会の実現に向けた雇用・社会保障の一体改革」を打ち出したのは世耕弘成・経産相だった。首相の信任厚い世耕氏は「社会保障を厚労省任せにはしない」と言い、根本匠・厚労相を苛立たせている。
根本氏は未来投資会議当日の22日、同会議にぶつけるように「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」を厚労省内に発足させた。「医療・福祉サービス」など4テーマに沿い、来年夏までに改革行程表をつくるよう官僚に指示した。長く社会保障に関わってきた根本氏は、「専門家はこっちだ」と自負していたという。根本氏をけしかけたのは厚労官僚。65歳以上の人口がピークを迎える40年に向け、来年秋に消費税率が10%になった後の更なる増税をにらんでのことだ。
「全世代型」を巡る対立は「経産vs厚労」だけではなく、経産省と財務省も反目し合う。財務省が批判するのは、経産省が「全世代型」の主要テーマとして「予防医療」推進の旗を振り、「健康寿命を延ばせば国の負担も減る」と主張していることだ。10月9日の財務相の諮問機関、財政制度等審議会の分科会で財務省は「予防医療はかえって医療費を増加させる」との分析資料を配り、経産省の言い分を真っ向から否定した。
改革の路線を巡り、政府内の足並みさえそろっていない。そうした中、財務省は来夏の参院選後に高齢者の負担増へと取り掛かる腹だ。それでも、森友・加計両学園問題は依然火が消えず、閣僚の不祥事も相次ぐ。安倍政権が高齢者の反発を抑えるパワーを保ち続けるには相当のエネルギーを要する。自ら希望して自民党厚労部会長に就いたという小泉進次郎・衆議院議員も、部会長デビューとなった10月22日の厚労部会では「部会長としては目の前の法案、予算の審査をチームで進めていきたい」と発言し、中長期の改革には触れなかった。
「ばらまき求める族議員のボスは首相」
安倍首相は自身の掲げる経済政策「アベノミクス」の修正にかかっている。大規模な金融緩和を実施し、経済成長を目指す当初の路線が破綻しかけているという事情がある。首相は「再分配」による成長も意識するようになった。消費増税分の使途を変更し、教育無償化に充てるようにしたことなどがその典型だ。財務省幹部は「ばらまきを求める族議員のボスは首相だ」とこぼす。こうした状況下、財務省がどこまで負担増に踏み込めるかは見通せない。
10月24日に開会した臨時国会で、所信表明に立った首相は「即戦力となる外国人材を受け入れる」と述べ、就労目的の在留資格新設を柱とする入管法改正案成立に意欲を見せた。しかし、野党は強く反発している。与党内からも「移民政策だ」との異論が飛び出し、性急な制度設計を危惧する声は少なくない。同法改正案は、人手不足が際立つ介護職員の増員も意図している。「全世代型」の成否にも大きく関わるにもかかわらず、のっけから対立の火種となっている。
「9条に限らず、国の理想を表す憲法について、(自民党)総裁の考えをきちんと聞きたい。我々もきちんと議論して党としてまとまって国会に臨むことが必要だ」
10月25日の自民党石破派の例会。党総裁選で首相に敗れた石破茂会長は首相の悲願、憲法改正についてそう語り、首相を牽制してみせた。
「4選」を否定する安倍首相にとり、この3年は最後の総裁(首相)任期となる。レイムダック化が懸念されており、改憲の旗を掲げ続けなければ求心力を保てないのが現状だ。それでも、自民党内すら一枚岩ではない。改憲には連立パートナーの公明党もつれなく、距離を置き始めている。今国会に自民党の改憲案を示す、としていた首相の当初の勢いは消えた。北朝鮮の拉致問題は遅々として進まず、米中貿易摩擦の激化などによる世界同時株安の恐れも出始めている。政権に逆風が吹き始めた中、「全世代型」が看板倒れに終わらない保証はない。
LEAVE A REPLY