日本抗加齢医学会が医学会初のベンチャー表彰制度
大学や研究所からも起業家が現れている昨今、日本抗加齢医学会と日本抗加齢協会は、「抗加齢(アンチエイジング)」に関する革新的な技術やサービスに取り組むベンチャーや起業家を発掘・支援することを目的に、コンテスト形式の表彰制度「ヘルスケアベンチャー大賞」を実施する。両会は、ヘルスケア分野のベンチャーの表彰制度は医学会初としている。次世代ヘルスケア産業の創出を目指す経済産業省と日本医師会が後援する。
募集テーマとしては、アンチエイジングに関するヘルスケア分野のビジネスプランを広く募る。具体的には、アンチエイジングを目的とした創薬、遺伝子治療、再生医療製品、機能性食品、機能性化粧品などの他、ビッグデータ解析やディープラーニング(深層学習)、ウェアラブルデバイスなど、ヘルスケアITも対象となる。
応募条件は、応募者の中に最低1人は学会員、協会員、協会賛助企業、事業協賛企業が含まれていること。含まれていない場合は、応募時までに会員登録を済ます必要がある。
応募は既に受け付けており、来年1月25日に締め切る。最終選考会は、来年6月14日に横浜市のパシフィコ横浜で開く第19回日本抗加齢医学会総会において行う。
賞金は大賞が100万円、学会賞が30万円。副賞として、起業支援サービス、科学技術振興機構の「大学発新産業創出プログラム(START)」への推薦、生活総合情報サイト「ALL About」による製品やサービスの紹介、必要に応じて医学的な見地でのアドバイスや監修などを行う。
イノベーションの「ビジネス化」が重要
同学会は9月27日のメディアセミナーで、同大賞の概要を発表した。最初に、同学会理事・イノベーション委員会委員長で、同大賞実行委員会委員長の坪田一男氏(慶應義塾大学医学部眼科学教室教授)が説明に立った。
大学にもイノベーションの創出が求められる中、坪田氏はイノベーションに関して「技術革新×ビジネス化=社会変革」と位置付け、「ビジネス化」の重要性を強調。また、ネットの普及などで「智」は拡散、開業医でも新しいイノベーションに挑戦できる時代が来たと述べた。その上で、同学会も抗加齢医学というシーズを基に新しい可能性を拓くため、イノベーション委員会を立ち上げ、同大賞を実施することにしたという。
日本にイノベーションが必要な理由として、日本の1人当たりの輸出額ランキングが44位(2015年米国中央情報局データより)と低く、国内総生産(GDP)も低下傾向にある点を指摘した。また、創薬ベンチャー由来のメガファーマ(巨大製薬企業)の開発品目数を比較(09年医薬産業政策研究所リサーチペーパーより)、トップの米国が334品目、欧州5カ国が18〜38品目であるのに対し、日本は10品目であることに対し、「創薬ベンチャーが作ってメガファーマが買う時代、創薬ベンチャーがないと次の10年、20年が暗い。日本は現在でさえ、医薬品は2.8兆円も輸入超過している」と述べた。
大学発ベンチャーにも言及。日本の大学発ベンチャー育成のファンド規模は15年度末で前年度比2.6倍に当たる約1000億円。大学別のベンチャー数は東京大学がトップの108社(18年4月時点)。また、視察した米マサチューセッツ工科大学(MIT)では、起業のための学生団体が約20あり、年間約100社を起業。ワシントン大学では医学生がMBA(経営学修士)コースを履修したり、医学部長の仕切りで医学生とベンチャーファンドとの会合が持たれたり、各学部を横断した起業クラブが設置されるなどの取り組みが盛んである。
一方、坪田氏は慶應大学医学生に将来の起業の可能性をアンケートしたところ、「はい」は約11%しかなかった。慶應大学では坪田氏も関わり2年前に「健康医療ベンチャー大賞」を設け、今後は大学間で共同実施する話も出ているという。今回のヘルスケアベンチャー大賞も同様に、将来的には他の医学会と共同実施できればと期待を寄せた。
高まるベンチャー創出の必要性
次に登壇したのは、日本抗加齢医学会副理事長で日本抗加齢協会理事長代行の森下竜一氏(大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄附講座教授)。
まず、日本と欧米の起業への評価調査を紹介。「あなたの社会では新しい事業や会社を始める事は立派な事として認められているか」との問いに、「はい」は米国91%、フランス83%、ドイツ73%に対し、日本は8%。「日本では新しい事をするのが評価されない。こういう状況は変えなければいけない。医学会が起業を促す表彰制度を作るのは、社会的な意味がある」と森下氏。
また、医療を取り巻く環境の変化として以下の3点を挙げた。①財政危機による皆保険制度の崩壊。対策として費用対効果評価の導入と保険料の応能負担の拡大②人口減少による地域医療の崩壊。対策として医療機関の配置と病床数などの規制③高齢化による医療需要の変化。対策として患者情報の共有とプライマリケアの改善——である。中でも①は収支のバランスを取るため、セルフメディケーションの推進により、国民の健康増進、医療費の削減、新産業の創出が必要だとした。
巨大産業としてのヘルスケアも展望。世界のヘルスケア関連支出額(6.43兆ドル、2010年)は日本の名目GDP(5.5兆ドル、同)を上回っている。今後、世界は人口が増加、高齢化する一方、医療技術が進歩することから、医療費は増加傾向にある。
創薬ベンチャーに関しては、米国のバイオベンチャーのパイオニア、ジェネンテック(2009年にスイス・ロシュが子会社化)の例を挙げた。スタンフォード大学の生理学教授とベンチャーキャピタリストが1976年に設立。2008年度の売上高は約1兆3000億円、時価総額は約10兆円と武田薬品工業(約7兆円)の約1.5倍。ビジネス誌『フォーチュン』の「米国人の働きたい会社ベスト100」で1位に選ばれている。
教授が生み出した遺伝子組み換え技術の基本特許は同大が所有し、約470社にライセンス供与することで約230億円のライセンス収入を上げている。ジェネンテックもこの技術を基に生まれている。「大学において知的財産の重要性を世界に知らしめた典型的な例」と森下氏。英国でもオックスフォード大学やケンブリッジ大学がベンチャーを積極的に設立し、売却益で研究費を捻出している。
日本でも、ベンチャーのイノベーションに大学の知見を活かし、収益を大学に還元できるように、平成29年度から大学が大学発ベンチャーの株式を一定期間保有できるようになった。森下氏は「学会がベンチャーの株を持つことは難しいが、本当はそういう仕組みの中で成功例が出てくることが望ましい」と話す。健康・医療戦略推進法(2015年施行)によりヘルスケア分野のベンチャーの設立が促されたり、規制緩和や新しい医療政策が進められたりする中、「ヘルスケアベンチャー大賞に面白いアイデアの応募があったらいいなと思っている」と期待を述べた。
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