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未来の会

「全世代型の社会保障改革」は成長戦略が中心

「全世代型の社会保障改革」は成長戦略が中心
国民負担増の中身が明らかになるのは来年の参院選以降

自民党総裁選で3選を果たした安倍晋三首相は10月2日に内閣改造を断行した。改造後の記者会見では、「全世代型の社会保障改革」に取り組む意向を示し、全世代型社会保障改革担当に敏充・経済再生相を任命した。ただ、社会保障改革といっても、来年春に統一地方選、夏に参院選を控えており、医療や介護などの自己負担の引き上げといった国民から反発を招きかねない負担増のメニューが明らかになるのは、来年夏以降になる見通しで、社会保障改革の中身が問われるのはしばらく先になりそうだ。

「安倍内閣の最大のチャレンジ」

 首相は、「全ての世代が安心できる社会保障へ3年かけて改革を行う」と打ち出し、全世代型社会保障改革が「安倍内閣の最大のチャレンジだ」と続けた。これまでの安倍政権では、2014年の「女性活躍」、15年に「一億総活躍社会」、16年は「働き方改革」、17年に「人づくり革命」を掲げ、大企業に女性活躍に向けた計画を義務付ける女性活躍推進法の制定や、待機児童対策のための認可保育所整備・特別養護老人ホームの整備促進などを盛り込んだ「一億総活躍プラン」の作成、労働時間に上限規制を設ける働き方改革関連法を成立させるなどの取り組みを進め、次々に看板政策を付け替えてきた。

 今回は「全世代型社会保障改革」だが、首相が具体的に言及しているのは、年金の受給開始年齢の選択幅を70歳以降でも可能にすること▽65歳までの継続雇用を70歳に延ばすことぐらいで、20年の通常国会に関連法案の提出を目指している。

 年金受給開始年齢の選択は既に方向性が示されており、厚労省の社会保障審議会年金部会で議論が始まっていて新味は乏しい。そればかりか、現行制度でも66歳以降なら70歳まで遅らせていることができ、繰り下げ受給すれば毎回の受給額が増えるが、利用しているのは1%程度にすぎない。厚労省幹部も「70歳超に選択肢を広げても、一部の裕福で健康な高齢者しか利用しないだろう」と指摘する。

 目玉政策となるはずの継続雇用の延長も、内閣府の14年調査だと、60歳以上で働いている人のうち、70歳以降まで働くことを希望する人の割合は8割以上に上っており、働く人側のニーズは一定あるものの、継続雇用年齢の引き上げは人件費負担が膨らむ企業側の抵抗が容易に予想され、スムーズに議論が進むとは限らない。中西宏明・経団連会長は内閣改造後、「65歳以上の人が活躍できる環境を整えるのは賛成だが、(能力に)個人差が非常に大きく、(労使で)自主的に決めていくことが大事で、一律にどうこうする話ではない」と釘を刺した。日本商工会議所の三村明夫会頭も10月4日の記者会見で、「労働力不足は深刻化するが、(具体的な制度設計については)意見がある」と述べ、一律の義務付けには慎重な立場を表明している。

 さらに、「高齢者の雇用拡大で若者世代の雇用機会が減少する事態は避けるべきだろう」(厚労省関係者)と課題を指摘する声がある。こうした課題に加え、政府は働き方改革関連法で、同一労働同一賃金を推進しており、これまでのように継続雇用した高齢者の賃金を簡単に圧縮することは難しくなるとみられる。こうした現場の意見に配慮し、70歳までの継続雇用を「努力目標」にする、という案も政府内に出ているが、強制力がなくなって実効性は乏しくなり、政権としては出鼻をくじかれた形になる。

全世代に及ぶ改革効果が見通せない

 これまでの看板政策の付け替え同様、今回の全世代型社会保障改革では、高齢者や女性で少子高齢化の進展によって先細る労働力をカバーし、経済が落ち込まないようにしたい考えだ。65歳以上の継続雇用への取り組みなど成長戦略につながる分野は、10月5日から始まった未来投資会議で茂木氏の下、議論する。5日の未来投資会議では、次世代ヘルスケアの取り組みとして、糖尿病や認知症予防、フレイル(高齢者の身体機能や認知機能が低下して虚弱となった状態)対策に保険制度で保険者にインセンティブを付与したり、オンライン診療の診察料の充実やオンライン服薬指導の実現などを掲げたりしたが、「小粒」な印象は拭いきれず、首相の思惑通りに全世代に及ぶ改革が実現するかは見通せない状況だ。

 一方で、高齢化の進展に伴って社会保障費は伸び続ける。今年5月の政府推計では、高齢者人口がピークを迎える40年度の社会保障費は、現在よりも68兆円増えて約190兆円に上る。厚労省は、介護予防や健康寿命の延伸などの取り組みにより、社会保障費の伸びを抑えていきたい考えだが、財源確保策を別途講じることも避けては通れない。財務省は、窓口負担など自己負担の引き上げを主張している。

 厚労省幹部は「来年夏の参院選、10月の消費税10%への引き上げ後に、給付と負担に繋がる社会保障改革に取り掛かるだろう。ただ、首相は社会保障改革と言及しており、税と社会保障の一体改革と表現していない。改革と合わせた更なる消費増税を考えていないことは明々白々だ」と指摘する。

 新たに就任した根本匠・厚労相の存在感が乏しいのは、全世代型社会保障改革といっても経済政策の一環といった側面が強いからだ。これまでも前厚労相の加藤勝信氏が当時の塩崎恭久・厚労相を差し置き、一億総活躍相や働き方改革担当相として官邸主導で看板政策を進めてきた経緯があり、今回もこれまで同様に茂木氏が成長戦略中心の「全世代型社会保障改革」を進めるとみられる。根本氏は就任の記者会見で、「全世代型で関連する省庁も出てくるので、茂木氏が全体を見ていくが、実態は厚労省が担う部分がメインになる」と述べている。負担増に繋がる制度改正となれば、制度を熟知した厚労官僚が政策を練り込まなければならないからだ。

 ただ、国民に不人気な政策を統一地方選や参院選前に着手するのは難しく、「看板政策」には掲げないのが今の政権のやり方だ。さらに、今後3年で首相が目指すのは、何と言っても憲法改正である。事情を知る官邸関係者は「今後3年の任期中に首相が本当に取り組みたい課題は憲法改正だ。給付と負担に踏み込む社会保障改革は二の次にすぎない。いざ、憲法改正か、社会保障改革か、となった場合、首相は当然、憲法改正を取るだろう」と明かす。

 総裁選直後にあった9月30日投開票の沖縄県知事選では、与党が推す候補が野党5党が支援した玉城デニー・前自由党衆院議員に破れ、来夏の参院選は厳しい選挙結果も予想される。与党が敗北するとなれば、政治的に混沌とした情勢に陥る可能性が高い。こういった状況もあり、国民生活に直結する給付と負担の見直しに迫る「社会保障改革」は、当面は封印される見通しだ。

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