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未来の会

再生医療や遺伝子治療を進める上での課題

再生医療や遺伝子治療を進める上での課題
先端医療のリスクとベネフィットを把握する


iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った再生医療が進む中、日本再生医療学会は8月5日、「再生医療・遺伝子治療を考える〜新しい医療をつくるために必要なこと」と題したシンポジウムを東京・秋葉原で開いた。

 文部科学省の「リスクコミュニケーションのモデル形成事業」市民シンポジウムとして行われたもので、日本医療研究開発機構(AMED)再生医療の実現化ハイウェイ「再生医療研究における倫理的課題の解決に関する研究(課題D)」が企画協力した。

 冒頭、日本再生医療学会「リスクコミュニケーションのモデル形成事業」実施責任者で、神奈川県立保健福祉大学教授の八代嘉美氏が挨拶、「新しい医療が社会に近づきつつある。講演を通して期待と危険の両面について考えを深めてほしい」と呼び掛けた。

 最初にプレゼンテーションを行ったのは、大阪大学データビリティフロンティア機構でビッグデータ社会技術部門教授を務める岸本充生氏。「直接、再生医療の研究をしているのではないいが、安全とリスクについて研究をしている観点から解説していく」と述べた。安全についての定義を考えた上で、医療や新規技術のリスクや不確実性について考えることが大切だと解説。その上で、再生医療の安全性やリスクについても整理して考えることが必要と話した。

 まず、全ての技術はかつて「新技術」であったと指摘し、リスクが問題になってきた歴史を振り返った。例えば、電子レンジが登場した当初は「感電死」が問題になり、エレベーターは「恐怖の動く密室」として犯罪が問題になったと説明。エレベーターには監視カメラが標準的に設置されるようになるなど、問題が解決された経緯もあわせて紹介された。最近問題になった自動運転車による死亡事故も解決策が必要と述べた。

「何かあったらどうするか症候群」には注意

 その上で、「何かあったらどうするか症候群」という言葉を紹介した。1950年前後までは、分からないものは安全と見なされる時期があったが、1970〜90年代にかけては分からないものは危険と見なす風潮が出たと説明。新技術が登場しても、いったん事件や事故が起きてしまうと、過剰な規制がかけられて中断したり、予算が削られたりするような問題があると話した。

 また、安全の定義について解説、世界保健機関(WHO)の定義として「安全とは不必要な害のリスクを許容可能な最小限の水準まで減らす行為」と紹介、リスクもベネフィット(利益)も幅があると述べた。リスクを見積もり、どれくらいまでならば許容でき、どれくらいだと許容できないか、安全目標を決めることが大切で、社会的な合意を得ることが重要だと説明した。また、レベルを超えないようにリスクを管理し、備えをして、社会とのコミュニケーションをとることも重要と強調した。

 次いで、国立医薬品食品衛生研究所再生・細胞医療製品部部長の佐藤陽治氏が登壇。再生医療とは、失った機能を必要な細胞で補うことで行う治療を指すと解説。必要な細胞を作り出す手段として、分裂して自分自身のコピーをする自己複製能力と、様々な細胞へと変化する分化能力を持った「幹細胞」が注目されていると説明。幹細胞には多能性幹細胞と体性幹細胞があり、ともに再生医療の手段として研究が進んでいるとの説明と同時に、多能性幹細胞はES細胞やiPS細胞といったものを含み、体性幹細胞は造血幹細胞、神経幹細胞などを含むとの説明があった。

 また、再生医療と似た言葉として「細胞治療」という言葉があり、それは体外で加工、または改変された細胞を投与して病気の治療や予防などを行うことを意味するとの話があった。

 細胞治療という言葉を使う場合には、角膜の再生や心筋の再生のような再生医療に加え、リンパ球に遺伝子を導入してがん治療に使うといった機能を補うだけにとどまらないケースも含むという。なお、細胞治療に使われる細胞は細胞加工物、薬事分野では再生医療等製品と呼ばれている。

 ES細胞やiPS細胞を使った治療については、脊髄損傷や加齢黄斑変性、心不全、パーキンソン病の治療に応用が進んでいる状況を紹介。iPS細胞を使った腎臓の再生医療も進められている状況も解説した。

 開発中の腎臓再生法では、まず成長の方向付けを行うために、iPS細胞から作成した未熟な腎臓細胞を豚の胎児から取り出した腎臓の芽の中に注入する。これを人に移植した後、薬剤で豚の細胞だけを消去することによって、患者の体内で人の細胞だけから成る腎臓に成長させるというものだ。

前例主義とリスクベース・アプローチ

 リスクを巡っては、前例主義とリスクベース・アプローチがあると話した。前例主義は、前例に基づいて実施の是非を判断する。一方、リスクベース・アプローチは、リスクよりもベネフィットがあるならば実施する判断を下す。

 細胞加工物の利用では、多くの場合に前例がないため、リスクベース・アプローチになると述べた。ただし、細胞加工物は置かれた環境で評価の仕方などが変わるため、品質や安全をどう考えていくべきかが難しいと指摘。リスクの重み付けをするのが難しい点が課題だと説明した。

 続いて登壇した大阪大学医学部長で大学院医学系研究科長の金田安史氏は、遺伝子治療の現状について解説した。1989年から安全性確認が始まり、1990年から遺伝子治療が開始されたと紹介。最初は、変異を持つ細胞はそのままで、正常な遺伝子を入れることで正常なたんぱく質を増やし、細胞の機能を回復させるという治療だったという。

 ところが、1999年に、遺伝子導入のためのウイルスベクター(遺伝子を細胞内に運ぶウイルス)を大量投与された人が亡くなる事故が起きた。安全性の裏付けデータがなく、死亡事故も隠されたため重大な事件となり、遺伝子治療は下火になったと述べた。

 2011年から安全性の高いベクターが普及し始め、再び推進体制が整備されるようになった。成功事例も出て、欧米では七つの遺伝子治療製品が登場した。

 中でも「CAR-T細胞(キメラ抗原受容体T細胞)」という遺伝子導入をしたT細胞によるがん治療が白血球の治療に効果を発揮したという。米国では47万5000ドルという高額の治療として承認されるまでになった。

 もっとも課題もあり、最近では患者の80%に効くものの、半数で再発することが問題になっているという現状も紹介した。今後はゲノム編集の技術が注目されるとし、エイズの治療や筋ジストロフィーのような遺伝疾患の治療が検証されてくると紹介した。

 最後に、京都大学iPS細胞研究所臨床応用研究部門教授の髙橋淳氏が登壇。自らの研究チームにより8月から世界初の治験が始まったiPS細胞由来ドパミン神経細胞を使ったパーキンソン病の治療法について紹介した。

 まず、細胞移植には二つの目的があるとした。一つは、細胞移植によってドパミン(中枢神経系に存在する神経伝達物質)が出るように回復させること。もう一つは、パーキンソン病の薬として使われている「レボドパ」の効果を助けるということである。レボドパは血管脳関門を通れることから薬として使われているが、移植細胞によって反応性を高められると考えられているのだ。

 これまでに動物による研究としては、カニクイザルの実験により、パーキンソン病を発症したケースでもiPS細胞由来ドパミン神経細胞の移植によって外への関心や手足の動きが柔らかくなるような効果が確認されていると紹介した。カニクイザルでの効果が確認されたことから、臨床試験としてiPS細胞由来ドパミン神経細胞の移植を行うことにしたと述べた。

 対象となるのは、薬が効きづらいものの反応は残っている50〜69歳の人。京都大学病院で健常ドナーから細胞を取り、同大学のiPS細胞研究所でiPS細胞からドパミン神経細胞を作り、患者に移植する。左右に約240万個ずつの細胞を移植。免疫抑制剤タクロリムスを1年間投与する。優先的に有害事象の発生を調べ、副次的に治療効果を確認するという。

人での検証に伴うリスクをどう見るか

 個別のプレゼンテーションの終了後、登壇者でディスカッションが行われた。この中で、動物の寿命が人間と差があることで、病気の経過を同じように評価する難しさがあるとの指摘があった。現状では結論が出ない課題であるという。

 iPS細胞を人対象の治験として早期に進めることについても、人体実験のような批判もあるとの話が出たが、国際競争のことだけでなく限りある命を持つ患者が待っているということも考えると、可能性として想起されるが現時点で科学的に見積もることができないようなリスクについて、見積もる方法が確立されて全てのエビデンスがたまるまで待つことは難しいとの意見があった。関連して、新規技術はリスクを伴うが、そうした技術が登場しなければ不利益を被る患者が出てくる可能性があるという「不作為のリスク」があるとの指摘があった。

 リスクがあるから止めるのではなく、進めることの重要性は受益者の観点から見て大切である。安全性とリスクを管理しながら可能性のある治療を行っていく仕組み作りが必要になりそうだ。

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