安倍三選後の「何かやってる感」をPRする方便か
厚生労働省の分割案が三たび、政府・与党内で浮上してきた。安倍晋三首相の最大の課題の一つは、9月20日開票の自民党総裁選で勝利し、引き続き求心力を保つこと。省庁再編構想は首相側近、自民党の甘利明・行政改革推進本部長の肝いりで、「行革」を政権維持の推進力にする狙いが透ける。矢面に立つ厚労省は「長期戦」を覚悟している。
自民党の厚労省分割構想が一部メディアに報じられた8月2日。記者会見で事実確認を求められた菅義偉・官房長官は、「厚労省の業務が極めて多岐にわたり、大臣の国会答弁が圧倒的に多いことは承知している」と述べた。「政府としては議論していない」としながらも、「それぞれの時代の要請に応えて国民に対応することは大事だと思っている」と強調し、「前向き感」を示した。
自民党行革本部案は、2001年に森喜朗内閣が手掛けた、1府12省庁への中央省庁再編を見直すものだ。原案は「厚労省の業務量、厚労相の国会対応が極めて多い」「内閣官房、内閣府のスリム化」などで、9月5日に公表された提言案も、「子育て政策の実施主体が分かれている現状を改善すべき」など、問題点の列挙や党内の意見を強調するにとどめている。しかし、同党行革本部の関係者は「官邸の判断として、省庁再編を打ち出してもらうことが狙い」と明かす。
同党内には、総務省や経済産業省などにまたがる情報通信行政の所管省庁創設など、幅広い議論を求める声もある。だが、首相周辺が思い描くのは、厚労省分割を軸とした限定的な再編構想だ。一部にある財務省にメスを入れる案には首相の盟友、麻生太郎・副総理兼財務相が強く反発している。風呂敷を広げ過ぎると各方面で利害の対立が起きて収集がつかなくなりかねない。それよりも、不祥事の絶えない厚労省の分割などに焦点を絞る方が国民にも分かりやすい、と判断しているようだ。
1人の大臣で担当するのは困難
厚労省がターゲットにされたのは、「1人の大臣で担当するのは困難」と指摘される、広範な重要業務を抱えていることがある。医療、介護、年金から生活保護、障害者福祉、感染症対策、そして雇用対策、職業訓練まで、頻繁に国会で野党から追及される政策分野だ。
18年度予算は31兆円超と、国家予算全体の約3分の1を占める。国会への提出法案数、大臣の答弁時間、職員の残業時間などは他省庁を大きく上回り、内閣改造のたびに「厚労相の適任者が限られ、いずれいなくなってしまう」との声も上がる。分割して大臣が2人になれば守備範囲が狭まる上、衆参の委員会も二つになり、法案審議もスムーズになる。
行革本部関係者によると、甘利氏らが温めているのは「厚生、労働を切り離す案」だという。厚労省は先の通常国会で、働き方改革を巡り、不適切なデータを持ち出したことで裁量労働制の拡大に失敗した。「経済成長」を重視する首相と馬が合う甘利氏の目には、今の厚労省のままでは生産性向上の追求が難しいと映る。労働規制の強化など労働者保護に偏っていて、成長戦略への目配りが足りないと考えているという。
甘利氏は自民党総裁選で、安倍陣営の選対事務総長に就任した。首相はこれまで、「1億総活躍」「教育無償化」「働き方改革」などを次々ぶち上げ、国民の支持を繋いできた。首相は周辺に「『何かやってる感』を示すことが大切だ」と漏らし、多くの政界関係者もそれが内閣支持率を維持できている一因とみている。
しかしそろそろネタ切れで、何をやっても二番煎じになりかねない。かといって、悲願の憲法改正を早期に実現できる環境にはなく、局面の打開が期待された北朝鮮問題も、ここへ来て膠着状態にある。さらに、来秋には消費税増税を控える。首相周辺は「総裁三選後も引き続き、『やってる感』を出していかないと支持を失う」と懸念し、次のテーマの一つに行革を据えようとしている。
厚労省分割案が浮上したのは、今回で3度目。最初は09年の麻生太郎内閣の時だ。内閣府や文科省の関連部局も含め、医療、介護、年金などを担当する「社会保障省」と、雇用や少子化などを受け持つ「国民生活省」に分ける案が検討された。次は16年5月。小泉進次郎氏らがまとめた自民党の提言「厚生労働省のあり方について」。同省を「社会保障」「子ども子育て」「国民生活」の三つに分割する構想など3案を示した。
麻生内閣当時の構想は、幼保一元化を巡る厚労・文部科学両省関係者の対立により、立ち消えとなった。だが、年金の個人情報流出や支給漏れなど不祥事が続く中、小泉氏らの提言に繋がり、「厚労省分割構想はずっと底流で生き続けていた」(厚労省幹部)。そうした中、自民党総裁選での「安倍三選」が確実視されるタイミングを見て、甘利氏が打ち出したようだ。
厚労省は「社会保障政策と労働政策を一体的に推進する」として、旧厚生省と旧労働省が統合された。年金、男女共同参画と雇用など一体で進めるべき政策は少なくない。役割分担をどのようにしても、政策の縦割りは起こり得る。複数の大臣が受け持つ制度・政策立案は調整が難しくなる上、責任の所在が明確にならないという欠点もある。
自民党内でも、故橋本龍太郎氏の次男の橋本岳・厚労部会長は「よく生活することと、よく働くことは切り離せない。分割すると政策強化に繋がるというのは机上の空論だ」と自らのブログに書き込み、厚労省分割案への反対姿勢を鮮明にしている。
主要国では複数の省庁で受け持つ
ただ、麻生内閣当時とは違い、幼保一元化は既に内閣府が担うようになるなど、省庁間対立の火種は減っている。厚労省の分割については、公明党の山口那津男代表も8月2日の会見で「厚労省の政策立案及び法案作成、提出、審議等々の在り方については、再評価した上でどうあるべきかを検討する時期に来ているのではないかと思う」と踏み込んだ。
世界的にも年金や医療と労働政策を一括して扱う省庁は稀。米、英、仏、独の主要国はみな複数の省庁で受け持っている。「分離すれば意思決定が早くなり、時代の要請にスピーディーに応えることが可能になる」との外部からの指摘は絶えない。
議論の行方に、当事者の厚労省幹部は「またか」とうんざりした表情。生活保護受給者への就労支援など、厚生・労働一体の業務が増えていることを挙げ、「今更逆戻りしてどうするんだ」と言う。01年の省庁再編に携わった別の幹部は「省庁再編には莫大なエネルギーを要する。これから経済に力を入れねばならない安倍政権にそんな余力はない」と話す。
厚労省分割に関し、肝心の首相は「何かメリットがあるのか」と言って乗り気ではないとの証言もある。それでも、日本経済新聞の8月の世論調査で42%の人が分割に「賛成」と答えた。「反対」の24%を大きく上回っており、与党内には「来年の参院選で使えるタマだ」との期待もある。首相に近い加藤勝信・厚労相は周辺に「厚労省分割なんて、ない」と言い、沈静化を図っているが、その意図は必ずしも明らかでない。
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