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立法・行政・司法「障害者雇用不正」で〝三権同立〟

立法・行政・司法「障害者雇用不正」で〝三権同立〟
障害者雇用の難しさと制度疲労が浮き彫りに

またも国民を愚弄する行政機関の不祥事である。政府は8月末、国の33行政機関の8割にあたる27機関が、不適切な算入をして障害者の法定雇用率を水増ししていたことを明らかにした。持病がある職員を勝手に「障害者」と認定したり、死亡した職員を算入したりした例もあったという。偽装は中央省庁に留まらず、地方自治体、裁判所、国会の事務局でも見つかった。法を執↘行する立場の国が法に基づく制度を守っていなかった信じ難い不祥事から覗くのは、長く続いてきた障害者雇用制度の「制度疲労」である。

事の発端は財務省からの問い合わせ

 事の発端は今年5月、厚生労働省の担当者に財務省から受けた問い合わせだった。

 「障害者手帳を確認していない例があるが、法定雇用率に算入して良いのか」

 障害者の雇用を推進する「障害者雇用促進法」に基づき、国、地方公共団体、民間企業は一定割合(法定雇用率)以上の障害者を雇う義務がある。厚労省は法定雇用率を達成しているかどうか、毎年6月1日時点の数字を報告するよう求めている。財務省からの問い合わせは、この調査に関連して行われたようだ。

 問い合わせを受け、厚労省は他にもガイドラインを守っていない例がないかどうか、各行政機関に調査を依頼。その結果、実に8割もの行政機関が不適切な算入方法で雇用人数を水増ししていたことが発覚したのである。「6900人の障害者を雇っているはずが、実際は半分の3460人が水増しされていた。呆れるほかない」と障害者団体の関係者が憤るのも当然だ。

 昨年6月1日時点で、国の行政機関の障害者雇用率は2・49%と、法定雇用率の2・3%を上回っていた。ところが調査の結果、半数が水増しと分かったため、雇用率は一気に1・19%に半減。特にひどかったのは国税庁で、7割以上に当たる1

022・5人(短時間勤務者は0・5人として扱う)が水増しされており、2・47%だった同庁の雇用率は0・67%に下がった。

 他に水増しが100人を超えていたのは、国土交通省(603・5人)▽法務省(539・5人)▽防衛省(315人)▽財務省(170人)▽農林水産省(168・5人)▽外務省(125人)▽経済産業省(101・5人)と主要官庁がずらり。水増しがなかったのは警察庁、金融庁、原子力規制委員会、内閣法制局、個人情報保護委員会、海上保安庁の6機関に留まった。水増しは数十年にわたって行われてきたとみられる。

 そもそも、法定雇用率はどうやって決まっているのか。厚労省担当記者が解説する。

 「障害者雇用促進法の前身である身体障害者雇用促進法が制定されたのは1960年。障害者の雇用が法的に義務付けられたのは76年ですが、傷痍軍人の働く場を確保するのが大きな目的だったため、当時は身体障害者が対象でした」

 87年に同法は「身体」を外して現在の名前となり、98年には知的障害者、今年からは精神障害者も雇用の対象に加わった。法定雇用率は国や地方公共団体と民間企業とは異なっており、これまでは国が2・3%、民間企業が2%だった。今年4月からはそれぞれ2・5%と2・2%に引き上げられている。

原則」の拡大解釈と厳しいルール不在

 算入対象となる障害者について、厚労省が2005年に定めたガイドラインでは障害者手帳や医師の診断書などの客観的な証明書類で障害の有無や程度を確認することになっている。ところが、「厚労省が毎年の雇用状況の取りまとめを行う際に出す通知では、算入対象は『原則として障害者手帳を持っている人』と書かれていた。『原則として』という言葉では拡大解釈されてしまう」(厚労省担当記者)。

 案の定、水増しが発覚した国税庁や防衛省、文科省、法務省などは「原則とあったため必ずしも手帳の有無は確認しなくて良いと思っていた」などと弁明。手帳を確認せずに「障害者」に算入された職員が、そのまま担当者間で引き継がれる形で水増しが続いていたという。

 ある障害者団体の幹部は「中央省庁を訪れるたび、どこに障害者が働いているのだろうと疑問だった」と振り返る。もちろん外見から障害が分からない人も多いが、前出の厚労省担当記者は「厚労省では庁舎内で身体障害を持つ人に会うことがよくある。ところが、他の省庁ではそうした経験は確かに少なかった」と語る。その厚労省でも、3・5人分とはいえ、障害者手帳の有効期限が切れていたのに障害者と算入していた例があったのだから、お粗末が過ぎるというものだ。

 一方の民間企業には、厚労省への年1回の報告に加え、雇っている障害者の名前や障害者手帳番号を独立行政法人に報告しなければならない決まりがある。つまり、手帳を所持していない人は始めから障害者に算定できない仕組みなのだ。さらに、法定雇用率が達成できないと、不足1人につき月5万円を国に納めないといけない。雇用率を大きく下回った場合は雇用率を達成するための計画を策定しなければならず、未達成が続けば社名を公表されることもあり得る。ところが、中央省庁ではこうした厳しいルールがないため、持病がある人を勝手に障害者に算入したり、死亡した職員を障害者に算入したりしてきたのだ。

 国内外の雇用制度に詳しい専門家は「今回の不正は図らずも、障害者を雇用する難しさを浮かび上がらせた」と語る。専門家によると、働くことを望む身体障害者の多くは既に就職しており、今後は知的障害や精神障害のある人、心身の状態が安定しづらい人をいかに雇うかが課題という。その人に合った仕事を割り振ることが重要となるが、こうした配慮はなかなか進まない。「雇用率の数字だけを上げて縛る現在のやり方は、制度疲労を起こしているのではないか」と専門家は指摘する。

 全国紙の経済部記者は以前、なぜ公共団体の方が民間より法定雇用率が高いのに達成できるのか、厚労省の担当者に質問したことがあるという。「担当者は『公共団体は民間に比べ待遇面などが安定しているので障害者が集まりやすく辞めにくい』という主旨の説明をした。本気でそう思っていたのだろうが、今や障害者が働きやすい環境は民間の方がよほど進んでいる」。障害者が働きやすい会社は、女性や病気を持つ人にとっても働きやすく、優秀な若手人材の確保に有効だからだ。

 にもかかわらず、時代に対応しないのが中央省庁。水増しは衆院と参院の事務局、裁判所でも行われていた。〝三権分立〟の機関で同じ不正が行われていたとは嘆かわしいが、毎日新聞によると水増しがなかった警察庁は取材にこう答えたという。

 「厚労省のガイドラインを適切に守った結果です」

 行政として当たり前の姿勢が、立派に思えてしまうのが嘆かわしい。

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