財政逼迫の中、「混合介護」拡大を図る動き
厚生労働省の集計によると、65歳以上の人が支払う介護保険料の全国平均基準額は4月から月額で355円アップし、5869円となった。介護保険制度がスタートした18年前、2000年度(2911円)の2倍だ。介護の担い手不足は相変わらずと、「保険あってサービスなし」の状況はなかなか改善されない。にもかかわらず、2025年度の平均保険料額は7200円まで膨らむ見通しで、制度の持続可能性に黄信号が灯っている。
かつて、介護保険料の月額には「5000円の壁」という言葉があった。収入の柱は年金という老夫婦世帯の場合、負担の限界は2人分で1万円──という趣旨だ。しかし、「壁」は3年前の前回保険料改定であっさり崩れ、政府関係者が壁を口にすることはなくなった。
県庁所在地、政令市の中で最高額の7927円となった大阪市。高齢者の独居率が高く、家族の支援を頼れずに介護サービスを使う人が多いことなどが理由とされる。月7万円ほどの年金で独り暮らしをする男性(78歳)は「介護保険使うとらんのに、高い保険料を年金から天引きされる。おかしいんとちゃうか」と不満が止まらない。同市の保険料は25年度には1万円を超す見通しといい、市の福祉関係者は「医療保険もあるのに、これ以上負担をお願いすることは相当難しい」と天を仰ぐ。
介護保険料改定で自治体間格差拡大
65歳以上の人の介護保険料は、各市区町村が3年ごとに見直している。3年先までの介護サービスの需要を見極めるなどし、必要額を算出する。今回の平均値上げ幅は6・4%と3年前の前回(10・9%)こそ下回ったものの、年金の抑制が続く中、「限界に近づいている」との指摘が絶えない。
値上げに伴い、格差も広がっている。今回の改定で最も高額になったのは福島県葛尾村(月額9800円)。一方、最低額は北海道音威子府村(同3000円)で、格差は3倍を超えた。葛尾村は東日本大震災の影響などが原因なのに対し、音威子府村は村内に介護サービスが乏しいことなどが理由で、保険料額は前期のまま据え置かれた。
都道府県平均も最高の沖縄県(月額6854円)と最低の埼玉県(同5058円)では約1800円の差がある。介護予防に熱心な自治体とそうでない自治体の間でも、開きが出始めている。
介護や支援を必要と認定された65歳以上の人は、17年末時点で629万人。3年前に比べ、41万人増えている。今後も一層増え続けるとみられ、厚労省によると、高齢者の数がピークとなる2040年度と18年度の給付額を比べると、年金は1・3倍、医療は1・7倍の伸びなのに対し、介護は2・4倍。18年度の10・7兆円(予算ベース)が25・8兆円まで膨らむ。
これに伴い、40年度時点の1人当たり介護保険料は9200円に達する。国民健康保険や75歳以上の後期高齢者医療制度の保険料も8000円台となる見通しだ。
介護保険財政の逼迫が想定される中、政府は既に所得の高い人の自己負担割合を2〜3割にアップする方針や、訪問介護の際の家事援助に制限を設けることなどを決めているが、新たなものとして、この夏にも「混合介護」の拡大を図る動きが出てきている。
混合介護とは、介護保険と保険外のサービスを組み合わせるものだ。事業者の収益をアップさせやすくすることで、保険料や税金の投入額を抑えることを狙っている。原則禁止されている医療の混合診療と違って、混合介護は今も一定程度認められているものの、その基準はあいまいだ。このため、一切認めていない自治体もある。現状に業を煮やしていた政府の規制改革推進会議は、明確な基準を示した通知を自治体に出すよう厚労省に求めていた。
規制改革推進会議の求めに応じ、厚労省は現在、混合介護をどこまで認めるかについて最終調整をしている。そのうちほぼ固まっている方針が、デイサービス(通所介護)を利用している人に、事業所の職員に付き添ってもらって外出できるようにすることや、職員らによる買い物代行などの保険外サービスを全額自己負担で受けられるようにする案だ。現在、デイサービス中に利用できる保険外サービスは、事業所内での理美容や併設された医療機関への緊急受診に限られている。
この他、1人当たり床面積の基準を守ることなどを条件に、夜間などでも事業所の設備や従業員を使って保険外サービスをできることも明確にする。
一方で、規制緩和推進論者が強く求めていた、訪問介護でヘルパーが利用者の食事を作る際に、保険外サービスとして家族の食事も調理するといった組み合わせは引き続き認めない。どこからが保険外サービスかの線引きが難しく、利用者が不当な料金を請求される可能性が否定できないことを理由に挙げている。
人手不足で「介護難民」相次ぐ可能性
規制緩和を求める側は、混合介護の拡大によって事業者が収益を上げやすくなれば、公費を投じなくとも従業員の給与を引き上げられるようになり、介護職の人手不足解消にも役立つと主張している。政府はこれまで、介護報酬をアップすることで介護職員の処遇改善を進めようとしてきた。その結果、17年9月時点の常勤介護職の平均月給は前年より1万3660円増の29万7450円となった。
ただし、他の業種に比べて依然低いことは否めない。規制改革推進会議は混合介護の拡大を成長戦略の一環と捉えているが、事業主が増収分を従業員の処遇改善に回す保証はない。
政府は40年度の高齢化率を35・3%とみている。今より7ポイントの増加で、高齢者数は3920万人となる。一方、少子化により、40年度の労働者数は今より約900万人減るという。とりわけ、激務の割に給与が低いとされる介護職は人手不足に陥ると指摘されている。横浜市内で介護サービスを手掛ける社長(49歳)は「とにかく人材難で、人を確保することに精力を傾けなければいけない。もっとサービスの質向上に取り組みたいのだが」と話す。
厚労省は、25年度に必要な介護職の人の数を245万人程度と推計している。だが、現状のままでは211万人程度しか確保できず、約34万人足りなくなるという。「在宅」患者の受け皿整備も十分ではなく、都市部を中心に「介護難民」が相次ぐ可能性は否定できない。「介護保険でカバーする範囲を縮小していくことが現実的。次の課題は、要介護度の低い人へのサービスを保険の対象から外していくことだ」。同省幹部は声を潜め、そう語る。
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