「隠蔽」ともとれる病院の姿勢に病院関係者が内部告発
6年間慈しんで育ててきた血の繋がりない息子と、他人の家庭で育てられた実の息子。どちらの子供を育てていくべきか──。福山雅治が初の父親役を演じて話題となった映画「そして父になる」(2013年)を再現したような事件が発覚した。4月、順天堂大学医学部附属順天堂医院(東京都文京区)で半世紀前に生まれた男児が取り違えられていたことが『週刊新潮』の報道で分かったのだ。50年というあまりに長過ぎる歳月。病院側の鈍い対応には批判も高まるのだが、果たして病院は対応を誤ったのか。
事件を振り返ってみよう。報道によると、取り違えられた片方の当事者は、東京都内に住む51歳の男性。男性は15年秋、80歳近い母親から「私とあなたは血が繋がっていないかもしれない」と突然打ち明けられたのだという。〝親子〟はDNA鑑定を受け、結果は親子である確率は「0%」だった。男性と母親は16年1月、検査結果を持って順天堂医院に赴き、数回の話し合いを行った。病院側は取り違えの可能性が高いことを認め、「問題を他言しない」などの条件付きで、翌年に金銭で和解したという。
週刊新潮の記事によると、隠蔽ともとれる病院の姿勢に憤った病院関係者から新潮社に情報が寄せられ、同社の記者が病院と男性に接触。男性が事実関係を認めたため、「『順天堂大学』はカネで被害者の口を封じた!」(4月12日号)との衝撃的なタイトルで報じたというわけだ。
大学の「お知らせ」に偽りと被害者
一方の学校法人順天堂は記事が出た直後、ホームページに「順天堂医院での新生児取り違え事案についてのお知らせ」とする経緯の説明を掲載した。「当院で取り違いがあった可能性が極めて高いと判断して、お詫びをし、解決に向けて、弁護士等の意見を踏まえ話し合いを行い、ご了解して頂くことに至りました」と説明。「取り違えの相手方当事者様は、当院に保存してあった過去のカルテにより、確定ではありませんが、ある程度絞られました」としながらも「退院後約50年に亘り親子関係や社会関係を築いておられると推測されることから(中略)、現在の平穏な生活を乱し、取り返しのつかないことになるのではないかと考え、お知らせしないことといたしました」と相手方にはこの件を知らせないと結論づけた。
ところが、この「お知らせ」には偽りが多いと怒ったのが当事者の男性だ。男性は複数の報道機関の取材に応じ、取り違えによって生じた様々な不都合を含めた過去を明かした。男性は小学校入学時の血液検査でB型の両親から生まれるはずのないA型であることが判明。母親は当時も順天堂医院に「取り違えがあったのではないか」と相談に行ったが追い返され、夫からは浮気を疑われて精神的に不安定に。結局、両親は離婚し、男性は母親の再婚相手につらくあたられながら、貧しい生活を送ってきたというのだ。
「医院」の名前はあるが、順天堂医院は1000床を抱えるれっきとした大学病院。そこで発覚したあまりにお粗末な事件に、男性は原因の検証と対策を求める要望書を加藤勝信厚生労働大臣や日本医師会の横倉義武会長に提出した。とはいえ、男性が求めているのは、また別のこと。厚労省担当記者は「これまでの取材で男性は、相手の家族の幸せを壊したいのではなく、自分が誰なのかが知りたい、老齢の母に本当の子供と会わせてあげたいのだと訴えています」と語る。
男性によると、同院で男性と同日に生まれた男児は1人しかおらず、取り違えの相手方は絞られることがこれまでの病院側との話し合いで分かっているという。しかし、病院側は「取り違えは認める」も、「相手方には知らせない」を貫いている。
これについて、都内の大学病院に勤める男性医師は「50年もたっており、相手の生活基盤が築かれているであろう今となっては、仕方がないのではないか」と理解を示す。「当時の関係者はもう病院には残っていないだろうし、責任も取りようがない。詳しい説明もできないし、病院としては事なかれ主義でいくしかないだろう」
仮に相手方の名前が特定できたとしても、古いカルテから男性の現在の住居を特定するのは難しい。調査にはお金も人手もいる上に、「取り違えを知らずに生きてきた相手に疑惑を知らせても、DNA鑑定などの調査に応じてくれるかどうかは分からない」(前出の男性医師)。
ただ、こうした「病院側の理屈」には異論もある。関西地方の診療所の産婦人科医は「取り違えが発覚したら、もう片方の当事者を探すのが普通だ。順天堂は知っていて、黙っているのではないか」と推察する。別の医療関係者も「既にもう片方の当事者と金銭で和解していることも考えられる。和解条件が違い過ぎる、相手に知らせないことになっているなど、表に出せない事情がありそうだ」と訝しむ。
日本には「出自を知る権利」がない
さらに別の見方もある。生殖医療に詳しい全国紙記者は「今回の件は、精子バンクなど第三者の精子や卵子から生まれた子どもが遺伝上の親を知りたいという話と似ている」と分析する。昨今では、こうした「出自を知る権利」を子どもが有する権利として認める国も多い。この記者は「第三者による精子、卵子提供では通常、提供者は自分の遺伝子が次代に受け継がれる可能性があると理解した上で提供している。取り違え事件を同様に扱うのはおかしいかもしれないが、子どもが本当の親の顔を見たいと望む気持ちは同じだ」と男性の気持ちを推し量る。
日本では「出自を知る権利」が保証されておらず、順天堂の今回の対応を法的に問題とする根拠はない。和解の話し合いの中で損害賠償も支払っており、法律的には責任を果たした立場。となると、この先の展開に変化が出る可能性があるのはただ一つ。取り違えられた相手が名乗り出てくることだ。男性と病院との間でこの話は終わっているが、もう片方の当事者はどうなっているのか。
出生数が年間100万人を切った現在と異なり、多くの子供が生まれていた時代には、他にも新生児の取り違えが起きていた可能性もある。13年には、東京都の病院で1953年に取り違えられた男性が病院を提訴、3800万円の賠償金を得ている。この時は取り違えられた相手方も特定され、生活保護を受けながら育った男性と、大学院に通えるほどの財力を持つ家で育った取り違え先の男性という二つの家庭のあまりに大きな〝経済格差〟が話題になった。
これまでのところ、順天堂で取り違えられた男性が明かしているプロフィールは「1967年1月中旬生まれ」ということだけ。DNA鑑定が当たり前になった現代、血縁関係の有無はすぐ調べられる。51年がたち、親も高齢になっているはず。果たして取り違えられた可能性がある当事者が名乗り出ることはあるだろうか。
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