虚妄の巨城
武田薬品工業の品行
もう経営というより、むしろ博打に近いのではないか——。武田薬品が5月8日、アイルランドの製薬大手・シャイアーとの間で買収合意に達したニュースに接して、このような印象を受けた同業他社の関係者がいたとしても、何ら不思議ではあるまい。
何しろ買収総額は、日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)としては最高額の約6・8兆円(約460億㍀)。武田の年間売上高である1・7兆円の約4倍だ。しかもシャイアーは、日本円で換算した時価総額が約4兆円という規模だが、武田は何度かにわたった買収価格の交渉でずるずると積み増しを強いられたという。
「買収ベタの高値づかみ」
これまでの武田によるM&Aについて、定まった評価の感がある「買収ベタの高値づかみ」が、また繰り返されたと言えなくもない。だがこれも、既に同社の将来展望はM&Aぐらいしか思い浮かばなくなっているが故に、足元を見られた結果なのかもしれない。
もしそうならば、武田のM&A路線を敷いた現相談役の長谷川閑史が2014年に社長に据えたフランス人のクリストフ・ウェバーが、年間報酬10億4800万円という破格の扱いに見合うだけの仕事をしているかどうかについて、当の社員自身が一番シビアな評価をしているのではないか。武田の当期純利益(2017年3月31日決算日)は1149億400万円で、リーマンショック前の水準の4分の1程度に落ち込んだまま。ウェバーが社内を固めた現在も、浮上を期待できる材料は乏しい。
売上高では差を付けているアステラス製薬が同決算日で稼ぎ出した2187億100万円と比較すると、半分程度という体たらくだ。しかも、アステラス前社長(現会長)の畑中好彦の年間報酬が2億円台だったのと比較すると、長谷川がこれまで「実績」を作り出してきた「高収入外国人幹部の食い逃げ」が再び起きるのは、悪夢ではなくなっているのではないか。
何しろ武田は、ウェバーが実質的にトップに君臨するようになった今日、臨床試験(治験)3相にある開発品はわずか四つに留まる。ブロックバスター(年商10億㌦以上の製品)は、「エンティビオ」(潰瘍性大腸炎・クローン病治療剤)、「ベルケイド」(多発性骨髄腫治療剤)、「リュープリン」(前立腺がん・乳がん治療剤)と三つそろってはいるものの、エンティビオを除き今後の高収益は期待できなくなっている。
その頼みの綱のエンティビオにしても、2008年に約9000億円を投じて買収した米ミレニアム社の創製品だ。これでは、武田内部の新薬開発能力のお寒い現状が分かろうというもの。もはやウェバーにしてみれば、これからの利益創出力が限られてしまった以上、「高値づかみ」と幾度も酷評されようとも、もはやM&Aにすがるしか策は残ってはいないのかもしれない。
確かに武田と比較してシャイアーの場合、臨床試験(治験)3相にある開発品は15を数えて圧倒的な差を付けている。稀少疾患の治療分野では、世界のトップクラスとされる。武田がシャイアーに執着するのも分からなくはないが、自社が今回の買収によって背負い込むことになるリスクは、間違いなく桁外れとなろう。
株価下落と4・4兆円の有利子負債
既にシャイアーの買収がメディアを賑わしていた4月25日段階で、武田の株価は今年1月初めと比較して約2000円も下落している。市場も、その買収リスクを見定めているからだ。シャイアーが間違いなく高収益企業なのかどうか現時点で断定する材料が整っているとは思えず、それ以上に、もはや武田の将来の経営戦略自体が評価の対象外となっていると言うべきだろう。
実際、長谷川の「グローバル化」路線から始まった相次ぐM&Aで、既に武田の有利子負債は1・14兆円(昨年末時点)に達している。これに加え、今回の買収で不足する3・3兆円の融資を仰がなくてはならなくなるから、しめて武田の年間売上高の2倍以上の4・44兆円に増大していく。加えて、現時点でシャイアー自身も武田を上回る2兆円の有利子負債を抱えている。
それだけではない。同社買収に伴って新たに乗っかるのれんや無形資産は、推定でも4・45兆円もする。必要となる資金の融資は主要銀行の三井住友銀行と三菱UFJ銀行に仰ぐことになるが、もしM&Aに付きものの新たな負担金の発覚という事態にでもなれば、そしてマイナス金利の時代がそのうち終わるならば、銀行管理会社への転落という最悪の可能性もあながち排除できなくなるのではないか。
こうなると、もうシャイアーという会社の品定め以前の問題だろう。「欲しいから手に入れる」では財務の悪化も構わず借金の山を築くだけで、今後無傷のままでいられる保証があるのか。シャイアーに飛び付いたウェバーのリスクアセスメント能力が問われざるを得まいが、何せ最高財務責任者(CFO)という企業の重責にある役員が4代続けて外国人で、しかもそのうち2人が途中でさっさと辞めてしまうような会社だ。ウェバーを含め「タケダ・エグゼクティブチーム」の14人中11人を占め、社内取締役にも4人中3人いる外国人役員達にとっては、案外財務よりも、シャイアー買収によって実現する「世界トップ10入りした新メガファーマー」という地位の方に関心があるのではないかとでも勘繰りたくもなる。
おそらく彼らの誰一人として、報酬以外の事情で好き好んで、この極東の島国の世界的にはメガファーマーでもない会社にやって来たはずはない。ましてや骨を埋める気などさらさらないだろうから、せめて自分達のいる間は、国際的な薬事業界で「ハク」を付けたいと考えても不思議ではないからだ。だが、武田は外資ではない。
業種は問わず国内外のリーディングカンパニーで、武田以外に何の必要あってかこれほどまでの割合で経営陣を外国人で固めている例がいくつあるのか教えてほしいが、そのマイナスの弊害が今後、最大化しかねない火種ができたように思える。それがもし現実となったら、改めて長谷川閑史が敷いた「グローバル化」路線の罪深さを思い起こすことになるのだろうか。 (敬称略)
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