安倍晋三政権は今国会の最重要法案と位置付ける「働き方改革関連法案」から、裁量労働制の対象拡大を削除する事態に追い込まれた。厚生労働省の異常な調査データが次々発覚したのが要因だ。同省が安倍政権を揺るがすのは、第1次政権退陣の引き金となった「消えた年金」以来、二度目。同省幹部は「また官邸との距離が遠のく」と苦悩を漏らす。
「中小企業の規制を厳しくするところだけが残り、野党に食い逃げされた」
「割増賃金や残業規制も撤回という話になるぞ」
働き方改革関連法案は、裁量労働制の拡大や高年収の専門家を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」という規制緩和と、残業時間の上限規制などの規制強化の計8法案がセットになっている。緩和を望む経済界と、規制強化を主張する労働側双方の意向を採り入れた。規制緩和策の根幹削除で微妙なバランスが崩れかねず、3月1日の自民党厚労部会などの合同会議では、その点に批判が相次いだ。
「裁量労働制で働く人の労働時間は一般労働者より短いというデータもある」。きっかけはこんな1月末の首相の国会答弁だった。このデータが前提条件の違う数値を比べたものだった上、元データの厚労省の2013年度労働時間等総合実態調査には、一般労働者の1日の残業時間を「45時間」とするなどの異常な数値が400件以上含まれていた。
首相は周囲に「これでは国民の信用を得られない」と憤慨しながらも、答弁の撤回で乗り切ろうとしていた。しかし、異常データは膨らむ一方。与党幹部や首相周辺からは「これではもたない」との声が出始め、菅義偉官房長官も「18年度予算の審議に影響する」と同調した。首相は2月28日深夜、与党の主要幹部や加藤勝信厚労相らを官邸に呼び、法案から裁量労働制拡大部分を削除する考えを伝えた。
首相の判断に不満を口にする与党や経済界も、現時点では「やむを得ない」との空気が大勢を占めている。そんな中、批判を一身に集めているのが厚労省だ。
「消えた年金」の再来を恐れる首相周辺は「厚労省はどこまで足を引っ張るのか」と毒づく。そんな折、牧原秀樹副厚労相が野党の追及を「公開リンチのようだ」と発言し、撤回を迫られた。
首相官邸は規制緩和に消極的な職員も多い労働行政を問題視している面があり、「異常データを野党にリークしたのは厚労省」との情報まで流している。同省内からは「年金で旧厚生省が、働き方改革で旧労働省がポカをやらかした。安倍政権が続く限り、我が省は戦犯視されるだろう」(幹部)とのぼやきが聞こえてくる。
政府は残った規制緩和策「高プロ」は死守し、月内に法案を国会に提出する構えを崩していない。ただ、ここへ来て野党は結束を固め、「高プロも撤回が筋だ」と政府を責め立てている。立憲民主党の長妻昭代表代行は「高プロも厚労省の異常データに基づいて議論された」と指摘し、与党は「高プロにも波及しかねない」(公明党中堅)と身を固くしている。厚労省幹部は「法案の行方は不透明になってきた」と苦しげだ。
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