盛り上がりが心配された平昌オリンピックだったが、「感動をもらった」というのが実感だ。その昔、オリンピックが国威発揚の場であったのを知る人も少なくなっただろう。
戦前のアムステルダム、ロサンゼルス、ベルリンの各五輪では「躍進日本 競泳・陸上で大活躍」といった見出しが躍った、参加回数が少ない若い国だった。戦後「フジヤマのトビウオ」こと古橋廣之進の悲劇、1964年東京大会の「東洋の魔女」など、話題には事欠かなかった。
羽生結弦の2大会連続の金をはじめ、小平奈緒、髙木菜那の個人の金。当然、称賛に値するが、私にとっては「女子団体パシュート」がベストワンだ。私自身がスケート(アイスホッケー)経験者ということもあるが、五輪以外ではほとんどスポットライトを浴びることのないスピードスケート界において、「よくぞ鍛えた!」と4人を抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいだ。
個人間の力量差を超越した、あの一糸乱れぬ隊列走行や転倒しそうになった仲間への配慮こそ、チームワークの極致であろう。外国勢が真似しようとしても、まずできまい。華やかなフィギュア選手に比べて、練習場所やスポンサーの獲得に苦しむ中、もう一度言おう、よくぞ鍛えた!
翻って、医療にチームワークはあるのだろうか。とっさに外科チームが思い浮かぶのだが、なんといっても在宅医療における多職種連携チーム、すなわち地域包括ケアシステムであろう。川上にあたる急性期や回復期の病院で治療が終了(又はほぼ終了)した患者を川下でしっかりと受け止めるのが、このシステムの基本理念である。手術後、肺炎後、終末期、さらにかなりのケースで患者は認知症を合併しており、いわゆる総力戦となる。
在宅医療の基本は「生活」であり、医師の役割は患者が快適な生活を送るために家族や多職種の人達に医療的なアドバイスを分かりやすく伝えることだ。最大の出番は病態悪化時の判断である。つまり、今の状態が在宅で対応可能か、入院が必要かということに尽きる。家族のマンパワー、経済状態、多職種の能力も大きく影響する。そのためには「24時間365日」は必須であり、ここに第一のチームプレーが存在する。
第二のチームプレーは、終末期のケースにおいてアドバンス・ケア・プランニング(ACP:今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合い、患者の意思決定を支援するプロセス)から始まり、多職種がそれぞれの役割を果たして在宅(施設も含む)で看取れた場合である。家族から「自宅で看取れて良かった。皆さんのおかげです。ありがとうございました」の言葉が聞けた時、全ての苦労や疲れが吹き飛んでまた頑張ろうと思う。
ここで重要なのは、医師が主役にならず、バイプレーヤーに徹することだ。確かに、日本医師会は地域包括ケアシステムにおいて医師会主導を望むが、そこに現実との乖離がある。医師といえども、10職種ほどあるメンバーのone of themである。
ある学会で、ACPにおいて本人、家族、他職種全員が自宅での穏やかな最期を望んでいたにもかかわらず、主治医の鶴の一声で入院即延命治療となった報告があり、医師の座長も含めて会場が一瞬凍りついた。
LEAVE A REPLY