桜の季節の到来と共に、安倍晋三首相の政権運営が怪しくなってきた。目玉政策「裁量労働制の拡大」を断念した直後、森友問題で財務省による公文書の「改ざん疑惑」が発覚したためだ。政府・与党は国税庁の佐川宣寿長官(前財務省理財局長)の辞任を幕引きの契機にしたい考えだが、国民の疑念は深まるばかり。衆院の採決強行で年度内の予算成立は確保したものの、後半国会は一つ対応を誤れば、秋の総裁選のみならず、来年の参院選にも暗雲がかかる厳しい情勢だ。
「政界、春の嵐だな。ここは堪え忍ぶしかない。それができなければ、先々はない。そんな局面だ」
自民党幹部は安倍政権の現状をそう分析した。
安倍政権の主要政策の一つだった「裁量労働制の拡大」が頓挫したのは、2月末だった。原因は、厚生労働省が用意した裁量労働制に関するずさんなデータだ。1日の労働時間が45時間などというデタラメな数値が400件以上も見つかったのだから、「働き方改革関連法案からの全面削除」は当然の成り行きだった。二階俊博幹事長ら執行部も「全面削除」はやむを得ないと半ば覚悟していたらしい。衆院で強引に予算案を可決し、3月末の自然成立を確保したのは、炎上するのを予期していたからだという。
麻生財務相の辞任は時間の問題?
これに予期せぬ事態が重なった。森友学園との国有地取引の際に財務省近畿財務局が作成した決裁文書に「改ざん疑惑」があると朝日新聞(3月2日付朝刊)が報じたのだ。決裁文書は二つあり、国会にも提出されているが、これとは別の文書が存在しており、朝日新聞が確認したとの内容だった。事実とすれば、財務省は、虚偽有印公文書作成罪に問われるだけでなく、国会、つまり全国民を欺く大罪を犯したことになる。
麻生太郎財務相らは「大阪地検の捜査に影響を与えかねない」と答弁を控えたが、野党側は「政権ぐるみで国民を欺いている」と猛反発し、国会は大混乱に陥った。後半国会への影響を懸念した二階幹事長が「どういう理由で国会から要求された資料が出せないのか」と介入せざるを得なくなった。財務省は国会に決裁文書を再提出したが、従前と同じ文書の提出に野党側は態度を硬化させ、国会は先行きが見えなくなった。
そんな中、国税庁の佐川長官が唐突に辞任を願い出た。理財局長当時の国会答弁や「改ざん疑惑」を招いたずさんな文書管理などの引責辞任との説明だが、永田町でそれを真に受ける者はいない。
佐川氏の証人喚問を求めている野党幹部が自信ありげに語る。
「佐川氏は疑惑の全てを知っている。理財局長から国税庁長官への栄転は口封じのためだった。ところが、『改ざん疑惑』の発覚で、佐川氏自身が耐えられなくなった。身内からメディアにリークされたと肌で感じたんだろうな。改ざんに関与したとされる近畿財務局職員が自殺したのも、相当応えたようだ。政府・与党は、辞職して民間人になったことを理由に佐川氏の証人喚問を拒もうとの魂胆だろうが、そうはいかない。麻生財務相も早晩辞任じゃないか」
与党内の若手からはこんな声も漏れている。
「麻生財務相の引責辞任はしょうがないかもな。でも、それだとずっと維持してきた政権の屋台骨が崩れることになる。安倍首相は切れないんじゃないかな。となると、落としどころがない。考えたくないけど、佐川氏が週刊文春に寄稿したりして……。やばいよな。文部科学省の前川喜平・前事務次官の先例もあるし」
世論の怒りに抗しきれず、財務省は改ざんを認め、安倍首相も国民に陳謝した。理財局の一部が勝手にやったことと釈明を繰り返すが、「首相官邸が関与したのではないか」との国民の疑念を払しょくするのは難しい。内閣支持率の大幅な下落は避けられそうにない。
国民栄誉賞に〝政治利用〟と批判噴出
目先を変えたい安倍首相が持ち出したのは、平昌冬季五輪のフィギュアスケート男子で2大会連続の金メダルを獲得した羽生結弦選手への国民栄誉賞授与だった。しかし、これがネット上で思わぬ批判に見舞われた。
「平昌五輪は韓国と北朝鮮の政治利用だったが、羽生選手への国民栄誉賞も露骨な政治利用だ」
『週刊文春』が五輪女子レスリング4連覇を成し遂げ、国民栄誉賞を受賞した伊調馨選手が陰湿なパワハラを受けていたとのスクープがこれに重なった。「財務省の公文書改ざん疑惑」「羽生選手の国民栄誉賞」「国民栄誉賞の伊調選手へのパワハラ」がほぼ同時に飛び込んできたネット上は「一言居士」であふれ、ワイドショーにも波及。人気タレント、マツコ・デラックスがとどめを刺した。
「私が若かった頃に比べると、ちょっと国民栄誉賞の価値は下がったかなっていうのは、すごく感じる。だって、美空ひばりさんだって、お亡くなりになってからじゃないともらえなかったんだよ。今回、メダル獲った後の電話を、安倍さんの所にもカメラが入って、っていうのが何回かあったじゃない。あまりにも嬉しくて、思わず電話してくれと言うならいいと思うんだけど、カメラが入っているってことは、もう、『金を獲った時には中継繋ぐぞ』なわけじゃん。それはちょっと国民栄誉賞だけじゃなくて、スポーツの政治利用が過ぎてはないかなというのは感じるよね」
スポーツの政治利用の最たるものは、国政選挙へのスポーツ選手の担ぎ出しだろう。参院選は特にその傾向が強い。比例代表での集票力が期待できるからだ。しかも、なぜか冬季五輪の選手が目立つ。現職では橋本聖子参院議員、堀井学衆院議員(共に自民党)だが、元職にもスキー複合団体金メダルの荻原健司さんがいる。落選者まで見れば、平昌五輪でシャープな解説をしていた長野五輪の金メダリスト・清水宏保さん、女子フィギュアスケートの渡部絵美さんらがいる。
来年の参院選でも、スキージャンプのレジェンド、葛西紀明選手、男子フィギュアの髙橋大輔さん、織田信成さん、女子フィギュアの荒川静香さん、浅田真央さんらの名前が週刊誌などで取りざたされている。自民党選対も密かにリスト作成をしていたようだが、安倍首相の国民栄誉賞への批判が予想外に多いことから、しばらくだんまりを決め込むようだ。
「厚労省と財務省の失態で、国会は完全に野党に握られてしまった。このままじゃ、年内発議を目指す憲法論議も滞るだろうし、参院選だって黄信号だよ。五輪選手の担ぎ出し? そんな状況じゃないよ。史上初の米朝首脳会談が決まったんだろ。安倍さんも訪米するらしいじゃない。得意の外交で点数を稼いでもらわないと、もうどうなるか分からんよ」
自民党選対関係者の嘆き節は当面続きそうだ。
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