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強制不妊手術問題で「被害者特定」の高いハードル

強制不妊手術問題で「被害者特定」の高いハードル
国家賠償の提訴は「弱者排除」の風潮を押さえる狙いも

旧優生保護法(1948年〜96年)に基づき、強制的に不妊手術を受けていた知的障害者や精神障害者らを救済する政治機運が高まってきた。政界で想定されているのは、政治判断で元患者らに補償金を支給したハンセン病訴訟などへの対応に準じた処置だ。超党派の議員が、議員立法による救済を軸に検討している。ただ、被害者の確定という、高いハードルが待ち構えており、加藤勝信厚生労働相は依然慎重な姿勢を崩していない。

 「これ以上、被害者を苦しめ続けてはならない。人としての尊厳を守り、人権を回復するために支援を検討する必要がある」

 3月6日正午。国会内で、強制不妊手術を受けた人達の救済を目指す議員連盟の初会合があった。超党派の約20人の国会議員が参加、会長には尾辻秀久・元参院副議長が就いた。尾辻氏は「各党の手柄争いになることが一番いけない」と訴え、司法の判断を待った上で、議員立法を視野に救済に着手する考えを示唆した。

戦後「社会の負担」との理由で実施

 不良な子孫の出生防止──。こうした優生思想に基づく「生の選別」を目的に、旧優生保護法は1948年に施行された。医師が判断し、都道府県の優生保護審査会の承認を得れば、本人の同意なく、だましてでも不妊手術を強制できる。そんな基本的人権を奪う法律だった。

 背景には、47年からのベビーブームがあった。終戦直後の食糧難の時代。人口抑制が叫ばれ、「社会の負担になる」との理由で、障害を持って生まれてくる子供を事前に排除することが狙いだった。日弁連によると、旧法の下、96年に差別的な規定が削除されて母体保護法に改められるまで、知的障害がある人らに約2万5000件の不妊手術が行われ、うち少なくとも1万6475件(うち男性3割)は本人の同意なく施された。旧法の廃止後、被害者らは人権侵害を訴え、国に実態調査や補償を求めてきた。

 国連の国際人権規約委員会も、調査を繰り返し勧告してきた。しかし、「法律に基づく処置で、当時は適法だった」というのが国の言い分だ。実態解明を拒み、補償の求めにも応じてこなかった。こうした国の姿勢にしびれをきらし、15歳の時に手術を強制された宮城県の60代女性が1月30日、仙台地裁で1100万円を求める全国初の国家賠償訴訟に踏み切った。知的障害のある女性に代わり、訴訟を準備してきた義理の姉は「障害者はいなくなればいいという思想で、あまりに残酷」と語る。

 女性は家事や簡単な日常会話は十分可能だ。義姉によると、昨年7月、「遺伝性精神薄弱」との診断で手術は実施されたことが分かった。しかし、知的障害は遺伝性のものではない、という家族の話と食い違う。「苦しんで、ひた隠しにして生きてきた」と義姉は言う。弁護団や支援者は「全国の被害者救済の第一歩に」と意気込みを見せ、その後、北海道に住む男性らも訴訟に名乗りを上げるなど、被害者の集団訴訟の動きが出ている。

 自治体による資料開示の動きも広がっている。北海道は資料が保存されていた1210人分の性別や年代、疾患の状況などを公表した。1129人は道の審査会から「手術は適当」と診断され、うち172人は未成年だった。さらに増える見通しだという。宮城の場合、63〜81年度に手術を受けた記録が残る859人中、未成年者が52%を占める。最年少は9歳の女児だ。

 本人の同意がない手術1万6475件を都道府県別にみると、最多は北海道(2593件)で、宮城(1406件)が続く。旧厚生省が手術を自治体に促したり、自治体側も数を競っていたりした実態も明るみに出ている。自治体の調査が先行している現状に、超党派の議連は国による実態調査を求めている。議連とは別に、自民、公明両党は近く、プロジェクトチームを発足させる。

 関係議員の念頭にあるのは、ハンセン病や原爆症認定訴訟などの政治決着を下敷きにした解決策だ。らい予防法(96年廃止)に基づく隔離政策に苦しんだ、元ハンセン病患者らによる国家賠償訴訟で、国は01年5月に全面敗訴(熊本地裁判決)した。当時の小泉純一郎首相は控訴を断念し、元患者らに補償金を支払う議員立法の成立に繋がった。日本と似た法律があったスウェーデンやドイツには、被害者を救済する制度がある。

 3月6日の議連には、全国で初めて提訴した宮城県の女性の弁護団長、新里宏二弁護士も出席。「ハンセンの時は法律ができて翌月に補償法ができた。速やかにやったというのは正しかった」と述べる一方、強制不妊手術については「声が上げられない、記録が残っていない、孤立させられている被害だ。大変なエネルギーをかけないとやっていけない」と訴えた。

記録不足で被害の全体像がつかめず

 「同じ答えで恐縮だが、不妊手術等受けられた当事者、関係の方から要望があれば、話を伺うことで対応してきた。今後とも、要望があれば適切にしっかり対応したい」。6日の閣議後記者会見で、旧優生保護法への対応を問われた加藤厚労相は、定番となった回答に終始。厚労省幹部は「ハンセンと旧優生保護法の問題は難しさが違う」と漏らしている。

 厚労省がなかなか踏み出せないのは、強制不妊手術を受けた人の特定が難しいためだ。同意のない手術1万6475件のうち、記録が都道府県に残っているのは約2割にすぎない。手術を受けた人の氏名などが記入された資料の多くは散逸したり、廃棄されたりした可能性がある。療養所に隔離された記録などが残るハンセン病や、患者に被爆者健康手帳が配布される原爆症は、まだ被害者を特定する手掛かりがある。その点、旧優生保護法の被害者を確定する手段は極めて乏しい。

 宮城県は手術痕など4要件があれば、資料がなくとも手術の事実を認めるとしている。しかし、国としては地域で対応を変えるわけにはいかない。同意の上で手術を受けたとされる人も、本当に同意を得たのか明確でない例もありそうだ。同省幹部は「証言を得るのが難しい人も少なくない。被害の全体像がつかめないと所要額を算出できず、救済案の作りようがない」と浮かない顔だ。

 野党の中には、第三者機関による調査を模索すべきだという意見もある。調査を進めていくと、同意を得なければならないケースでも強制手術に踏み切っていた例など、違法な手術もあぶり出される可能性があるというわけだ。だが、与党内には大々的な調査に対する消極論もあり、野党との間には温度差もうかがえる。

 旧優生保護法の背後にあった思想は、決してぬぐい去られたわけではない。16年7月、神奈川県相模原市の知的障害者施設で、19人の入所者が刺殺された。被告の男は取り調べに「障害者は不幸しか生まない存在」などと供述した。ネット上では、被告の言動に賛同する書き込みも一定数見られる。今からまだ1年半前の事件だ。今回の国家賠償の提訴は、こうした弱者を排除する風潮の高まりを懸念したものでもある。

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