在宅医療のクリニックを展開して自ら診療を行いながら、その一方で、国の政策にも関わってきた。近年はICT化による遠隔診療の必要性を訴えてきたが、昨年の福岡市での実証を経て、今春の診療報酬改定では「オンライン診療料」が新設されることが決まった。医療の海外展開にも取り組み、日本の地域包括ケアをシンガポールで実現させ、さらに中国へと範囲を広げるという。在宅医療を突破口に時代の先端を進む武藤真祐氏に話を聞いた。
——クリニックを開業するまでの経歴が変わっていますね。
武藤 もともとは循環器内科医で、心臓カテーテル治療を行っていました。途中で宮内庁の侍医をさせて頂きましたが、循環器内科医を10年くらいやってきた時に、世の中が変わり始めたのを感じたのです。当時は、世の中に医療不信が広まり始めていましたし、国立大学の独法化によって従来の大学の構造も変わりつつありました。世の中の価値観が変わっていく時に、自分の価値を、所属している機関や取得している資格に委ねておくのは危険だと感じたのです。自分のアイデンティティーをどうやって構築していけばいいのかと考えた時、何かに頼るのではなく、自分でユニークなものを作っていった方がいいと思いました。そこで出てきたのが、医療とマネジメントを掛け合わせるということでした。単にクリニックの経営ということではなく、もう少し広い概念でのマネジメントを学ぶことで、新しい自分の価値を生み出せるのではないかと考えました。その方法にはいろいろな選択肢があったと思いますが、結局、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に入社することにしました。2年間ですが、医療の仕事から離れて、コンサルの仕事をしていました。この間に早稲田大学大学院でMBA(経営学修士)を取ったり、アメリカの公認会計士の資格を取ったりして、2010年に開業しました。
——在宅医療を始めたのは、なぜですか。
武藤 マッキンゼーを辞めて医療の世界に戻る時、どういう形で戻ろうか考えたわけです。また臨床医として病院で働くとか、厚労省で働くとか、製薬会社で働くとか、病院の経営企画を行うとか、いろいろな選択肢があったと思います。最終的に判断したポイントが三つあります。一つは、社会の大きな問題に取り組みたいということ。それは少子高齢化だと思いました。もう一つは、コンサルをやってよく分かったのですが、自分はやはり現場の人間だということです。もう一つは、どこかの組織に属するより、自分でゼロから立ち上げたいということ。この三つを組み合わせて、在宅医療のクリニックを開業することにしました。
五つの価値を提供するクリニックを開院
——在宅医療を行うことにした理由は?
武藤 これからの時代、医師の役割や責任が変わっていく中で、在宅医療が医療の最先端になっていくのではないかと考えたのです。終末期を病院ではなく在宅で過ごすことを考えた場合、医療の質が高くないと、患者さんにとっては不幸です。その部分に関われることを、医療従事者として価値があると思ったのです。将来的には、診断や治療選択にはAI(人工知能)が入ってくると思いますが、患者さんを説得したり、信頼関係を築いたりする部分は、まだ取って代われないと思います。それは、まさに在宅医療の現場で広く行われていることです。医療が進歩すればするほど、医師の仕事はそういうところに戻って行くのではないかと思います。今も訪問診療で患者さんを診ているのですが、そこが自分の原点だと思っています。
——どんなクリニックなのですか。
武藤 東京都内に四つ、宮城県石巻市に一つのクリニックがあります。計50人ほどの医師が働いていて、患者さんは1300〜1400人程度。8割ほどが居宅の患者さんで、施設の患者さんが少ないのが特徴です。看取りが年間180例ほどあります。終末期のがん患者さんを含め、重症の方をたくさん診ているクリニックだと思います。
─—何か特徴はありますか。
武藤 組織として提供している価値が五つあるとよく言っています。まず、臨床、教育、研究です。臨床に関しては、多くの症例がありますから、いろいろな患者さんに関して高レベルのケアを提供しています。教育に関しては、学生が研修に来たり、初期研修医が来たりしています。今後は後期研修医も来ることになっています。それから、在宅専門医のプログラムがあり、専門医を毎年出しています。臨床研究もやっていて、いろいろな大学と一緒に予算をもらってやっています。クリニックでも大学の医局と同じ価値を目指そうという考えが根底にあります。そして、四つ目がマネジメントです。経営を学びたいという人がいたら、クリニックで私と一緒に経営を行って、マネジメントを学べるようになっています。五つ目はイノベーション。医療のICT(情報通信技術)化に取り組んだり、海外進出をさらに進めて、なるべく時代の最先端を走ろうと思っています。我々の在宅医療は、単に患者さんを診ているだけではなく、組織全体としての価値を生み出していくことを最初から考えています。
今回改定で診療報酬が付いた遠隔診療
——遠隔診療にも取り組んできたのですね。
武藤 これまでにも政策に関わる仕事をしてきましたが、遠隔診療が必要だと言うようになったのは、随分以前のことです。民主党政権時の10年に、内閣官房の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)の医療・健康分科会のメンバーになった時から、遠隔医療が必要ではないかということは話してきました。
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