「自国の患者を自国で救う」実効性ある政策こそ必要
他に助かる方法がない海外での渡航移植について、厚生労働省が医療費の保険(海外療養費)適用を認めた。現在、小児の心臓移植であれば、数億円単位の費用がかかる渡航移植。医療保険がカバーするのはこのうちの1000万円程度とされ、適用件数からしても医療保険財政への影響はほとんどないとみられる。
しかし、「自国の患者は自国で↘救う」が原則の中、渡航移植に医療保険を適用することは、海外での移植に国がお墨付きを与えることになるのではないか。移植医療に携わる専門家からは疑問の声も出ている。
やむを得ない診療に海外療養費を適用
厚労省担当記者によると、渡航移植への保険適用が報じられたのは昨年12月。海外で医療を受けた際の治療費が支払われる「海外療養費」に関する通知を厚労省が出し、渡航移植でも海外療養費を使えるとの見解を示すという内容だ。
そもそも海外療養費とはどういう制度か。全国健康保険協会(協会けんぽ)のホームページによると、「海外旅行中や海外赴任中に急な病気やけがなどによりやむを得ず現地の医療機関で診療等を受けた場合、申請により一部医療費の払い戻しを受けられる制度」とある。
医療保険に詳しい記者によると、「一部医療費とある通り、際限なくなんでも認められるものではない」という。金額は日本で同様の治療を受けた場合の医療費を基準として算定され、現地で支払った金額がそのまま受け取れるわけではない。医療の内容も、美容整形など国内で保険が適用されないものには海外療養費も支払われない。いわゆる「医療ツーリズム」のような治療目的の渡↖航は「やむを得ず診療を受けた場合」に当たらないため、これも適用されない。
では、渡航移植はどうか。受け入れ先の医療機関を決め、保証金を支払った上で渡航、入院、手術となる渡航移植は、形だけ見れば治療目的の渡航である。しかし、違うのは患者がより良い医療を求めて海外に渡航するのではなく、国内で待機していても臓器提供者が現れる可能性が低く命を失う危険が高いため、やむを得ず臓器提供を受けやすい国に渡航するという点だ。
日本移植学会の幹部は「国内の移植の現状を鑑みれば、渡航移植は明らかに『やむを得ず現地で診療を受けた場合』の色が強い。望んで渡航するわけではないのに、生を繋ぐため多額の費用を募金で集めて渡航する。一部とはいえ、治療費が支払われるのは、大変な思いをして治療を受ける患者と家族には良いニュースだ」と評価する。
これまでも、渡航移植に海外療養費は使えないのかといった疑問は出ていたといい、厚労省関係者は「海外療養費の適用が認められなかったと、患者が保険者を相手取って裁判を起こすこともあるかもしれない。そうした場合に備え、解釈を示したということだ」と明かす。
だが、こうした肯定的な見方ばかりではない。長年、移植医療の啓発に携わってきた西日本の医師は「厚労省は、イスタンブール宣言を何と考えているのか」と憤る。イスタンブール宣言とは、国際移植学会などが2008年、トルコ・イスタンブールで行った学会において採択した宣言で、「自国での臓器移植の推進」が提言されている。自国の患者は自国の提供者で救うのが原則である、と解釈され、日本ではこの宣言を受けて臓器移植法(1997年施行)が10年に改正。本人の意思が不明でも臓器が提供出来るようになり、これにより15歳未満の脳死臓器提供も可能となった。
ただ、日本での臓器提供の数はあまりにも少ない。日本臓器移植ネットワーク(移植ネット)は17年末、ようやく脳死判定の数が500例を超えたと発表したが、20年かかってようやくたどりついた数。このうち、6歳未満の小児の脳死判定は7例にとどまっている。特に他に代わりのきかない心臓は深刻で、「自国での提供を受けられるまでの時間、待つことは難しい」(厚労省担当記者)。国内でも小児用の人工心臓が使えるようになったが、これは移植を受けるまでの緊急避難であり、何年間も使い続けられるものではない。提供を待ちながら病状が悪化して亡くなる子供達は後を絶たない。
「だからこそ、国が率先して取り組むべきは、臓器提供をもっと行いやすくする方策だ」と語るのは、患者を何人も渡航移植に送ったという都内の総合病院の医師だ。脳死臓器提供の件数が増えてきたといっても、行われている医療機関は限られていて、提供の意思を示しても医療施設側の都合で移植に繋がらなかった例もある。「まずは医療機関の環境を整備することが何より優先されるべきだ。せっかくの意思を生かせない事態は避けなければならない」(同医師)。
患者や家族の意思確認の方法を巡っても、議論や改善の余地が大きい。医師が脳死の可能性が高いと診断した際、臓器提供の機会があることを家族に説明する「オプション提示」のタイミングや方法についても改善すべき点は多い。
海外に誤ったメッセージが流れる懸念
前出の記者は「脳死下臓器提供が一朝一夕に増えないことはこの20年で分かった。地道な啓発も必要だが、まずは現実的に渡航移植した患者の医療費の一部を医療保険から出す、という方針を厚労省が明言したことは分からないでもない」と理解を示す。一方で、「保険料から成り立っているとはいえ、医療保険には税金も入れられており、『公的』な色合いが強い。そうした保険を使うことを国が是としたことで、海外に誤ったメッセージが流れるのではないか」とも危惧する。
同記者によると、「医療保険から支払われるといっても、保険診療として国が認めた診療報酬としてではなく、あくまで海外療養費という別枠。移植ネットに登録して待機していることや、臓器売買ではないことの証明を求めるなど条件も付けており、渡航移植を推奨するものではないと厚労省は説明している」という。
現在、臓器移植を望む海外の患者を受け入れている病院は米国など一部に限られる。それらの国でも年間の受け入れ枠が決まっており、「今回の海外療養費の適用により、海外での移植が増えることにはならないだろう」と厚労省関係者は分析する。「臓器移植の啓発活動についても、これまで通りやっていく」(同関係者)というが、医療者側には「これまでと同じでは駄目だ」と不満もくすぶる。
15年に起きた移植ネットの斡旋ミスでは、命のリレーという大事な医療の現場が、脆弱なシステムや体制で行われていることを露呈した。「臓器提供という医療が決して珍しくなくなるために、国は予算面も含めてあらゆる手段を尽くしてほしい」(日本移植学会幹部)。
国が内外に送るべきは「移植で救える命は救おう」という強いメッセージのはずだ。
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