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未来の会

第7回 続・相模湾の救急当番

第7回 続・相模湾の救急当番

 今回は目からうろこの2症例を紹介する。

 【その1】湘南海岸での地引網大会に家族で参加していたアラフォーの男性が救急車で運ばれてきた。右足がパンパンに腫れ、七転八倒の痛みで呻いていた。アナムネ聴取で判明したことは「昼にビールを飲んだ」「アレルギーはなし」「30分前に魚を踏んだ」。原因については、当院自慢のERピチピチナースも全く見当がつかない。そこに現れたのが、クリニック門前の釣り船屋のオヤジ。早朝の出航から戻ったら、救急車が止まっていたので、覗きに来たとのこと。

 一目見るなり「魚踏んだな。こりゃゴンズイだべ。心配ネエヨ。刺さった棘を抜いたら一晩で良くなる」と。私はゴンズイなんて聞いたこともない。そのオヤジに別室に来てもらって「ゴンズイって何ですか」「オメエ、ゴンズイも知らネエのか。毒棘魚ダヨ。胸と背中に毒棘があって刺さると腫れちまうだよ。温めて痛み止め出しときゃ大丈夫だ」。まさに救世主に見えた。とりあえずボルサポ50mgを挿肛して様子を見ることにした。20〜30分で痛みが楽になり、家族に説明して鎮痛剤を処方して、歩けそうなので帰した。翌日、横浜の自宅に電話で確認したら、無事に会社に出勤したという。

 地元の先輩に聞いてみたところ、ゴンズイとはナマズの仲間で、食べるとおいしいが、刺されると激痛らしく、この付近では年に数件被害があり、死亡例も報告されているとのこと。ソセゴン注射が一番お勧めだそうだ。結果オーライの症例報告だが、そのオヤジがいなかったらと思うと、今でも冷や汗が出る。

 くだんの釣り船屋のオヤジ夫婦には子供がなく、私も独身だったため、夕食によく呼んでくれた。日本酒のコップ酒に手作りアジのタタキ、シラス、モズクをつまみに、最後に風呂まで入れてくれたり、いろいろな話をしてくれたりした。江の島の中に小学校の分校があったこと、台風で江の島の木の橋が何度も流され、その後コンクリート橋になったこと、若い頃には相模湾にブリの大群が来たこと、最近は魚が取れなくなり、魚の数より釣り船の数の方が多いくらいなこと等々。終戦直後には相模湾に米国の軍艦がずらりと並んで「日本敗れたりと実感した」とオヤジには似合わない言葉で締めくくったりした。

 後日、医師会の先輩達にこの話をしたら即座に「篠原君、それは事実だ。東京湾も同じ状況で艦砲の一斉射撃をくらえば東京・横浜間は全滅だった。B29の爆撃どころではない。日本海軍の連合艦隊は逆立ちしても敵わなかった。これが国力の差というものだ」。

 【その2】ある夏の日曜日、10歳位の女の子が母親に連れられて徒歩で来院した。数日前より全身に水泡が現れ、拡大しているとのこと。内心「なんで平日に皮膚科に行かないんだ」と思いつつ、何だろうと動揺していると、それを見透かしたようにERナースが小声で「先生、とびひ‼」。これがとびひか……。学生時代、皮膚科の試験のヤマだったことを思い出し、母親には「『伝染性膿痂疹』という細菌感染による皮膚病です。内服抗生剤と軟膏を処方します。数日で良くなります」と説明することが出来た。

 頭をガーンと殴られた気分。俺は学生時代に何を勉強してきたんだ。基本のキじゃないか。国家試験は合格したが、日々、経験と勉強の毎日だ。

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