大学・大学病院で広がりつつある経営人材育成の機能強化
総務省は2018年1月、「地域医療の確保と公立病院改革の推進に関する調査研究会」がまとめた2016年度の報告書を公表した。
それによれば、経常収支が赤字の病院は全体の61.7%で、その割合比率は6年連続の増加しており、8年ぶりに6割を超えた。こうし現状を踏まえ、経営を効率化する必要性を指摘。経営指標の「見える化」を促進し、経営感覚・改革意欲に富む人材を登用するよう促している。具体的には、経営意識や実務能力を持った人を、事業管理者や事務局職員に選ぶことなど推奨している。
病院経営に長けた人間が求められるのは、公立病院だけではない。医療需要が増大する一方、病院経営を取り巻く環境は厳しさを増し、効率的かつ戦略的な病院経営が求められている。病院サバイバルの時代に優秀な人材は切望されているが、日本で人材を育成する場は限られていた。
千葉大は「病院経営スペシャリスト」の称号
そんな中で、千葉大学医学部附属病院(千葉市)では、病院経営の専門家を育成する講座「ちば医経塾・病院経営スペシャリスト養成プログラム」を2018年5月に開講する。医療の特殊性を理解し、経営マインドやマネジメントスキルを持つ人材の育成に重点を置き、講師には病院経営者、弁護士、公認会計士などを招く。医療機関に特化した経営論や労務管理をはじめ、広報戦略、リーダーシップ、産学連携、リスク管理など、幅広い経営ノウハウを学ぶ。
初年度から、医師5人、コメディカル2人、その他3人を受け入れ目標としており、2019年2月までの10カ月間、勤務しながら受講出来るように土曜・日曜に月2回、1日6時間の講座を病院内で開く。受講時間は120時間以上で、受講料は病院職員が48万円、その他は60万円となる。
修了者には千葉大が履修証明書を発行し、「病院経営スペシャリスト」の称号を与える。病院経営ノウハウを系統的に学べるプログラムを通じて、持続可能な病院経営システムを構築出来る実践的な医療人材の養成を目指すという。
千葉大学では、このプログラムを通じたビジネスも視野に入れている。資格取得の専門予備校の運営会社であるTAC株式会社(本社・東京都千代田区)との連携を協議中で、同プログラムのカリキュラムや教材を作成し、同社が遠隔授業やVTRによるフォローアップ授業の整備など、学習体制を整える。
また、提携を進めて、税理士などの非医療職も含めた病院経営講座のプログラム開発について寄付講座を設立することも検討していく。さらに、プログラムの経験を集積し、TACと連携してオンライン講座化することや、プログラムの経験を書籍化・出版することで普及を図ることも視野に入れている。
文部科学省では2014年度から、全国の大学・大学病院における人材養成機能を強化し、医療現場の諸課題に対して、科学的根拠に基づいた医療を提供することが出来、健康長寿社会の実現に寄与できる優れた医療人材を養成することを目的に「課題解決型高度医療人材養成プログラム」を展開しており、「ちば医経塾」は、そこに採択された一つだ。
海外には、MHA(Master of Healthcare Administration)と呼ばれ、医療政策・医療経営を学べる大学院があるが、日本ではそれもまだ少ない。
医科歯科大は「病院経営におけるMBA」コース
そうした中で、医療界で多くの人材を輩出する先駆けに、東京医科歯科大学大学院修士課程医療管理政策学 (Master of Medical Ad-ministration)コースがある。病院経営におけるMBA(Master of Business Administration)と考えればいい。病院長、事務長、大学病院幹部などが、MMAで医療管理を学び、病院現場にその成果をフィードバックしている。
2004年の設立時は、診療報酬の右肩上がりが終わって、出来高払いで容易に黒字を達成出来ていた時代から、DPC/PDPS(診断群分類別包括支払い制度)へと舵を切ろうとすることで、待望されるタイミングだった。
講義は平日の夜間に開講され、標準修業年限は修士(医療管理学)が1年、修士(医療政策学)は2年で、修めることが出来る。一橋大学、東京工業大学、東京外国語大学と、4大学連合の連携によって幅広い講義内容となっている。
また、東北大学大学院医学系研究科には医療管理学分野がある。1952年、全国に先駆けて開講された病院管理学講座を前身とし、医療の社会面、経済側面、政策面について先駆的研究を推進している。京都大学大学院医学研究科には医療経済学分野、九州大学大学院医学系学府には医療経営・管理学専攻がある。
私立大学では、慶應義塾大学大学院に健康マネジメント研究科、国際医療福祉大学大学院には医療経営管理分野などが設置されている。
しかしながら、大学院は研究者養成の色彩も濃く、全国の病院経営を取り巻く環境悪化への速効性が薄い。このため、より速効性を高めた「課題解決型高度医療人材養成プログラム」に期待がかかる。2017年度は、千葉大学を含め10大学が選定されており、ほとんどが病院経営人材の育成を狙ったものだ。
具体的には、北海道大学(病院経営アドミニストレーター育成拠点)、東京大学(経営のできる大学病院幹部養成プログラム)、東京医科歯科大学(大学病院経営人材養成プラン)、京都大学(実践的医療経営プロフェッショナル教育事業)、神戸大学(実践的病院経営マネジメント人材養成プラン)、高知大学・香川大学・高知工科大学・高知県立大学(地域医療を支える四国病院経営プログラム)、宮崎大学(教育用電子カルテ活用による人材養成事業)、横浜市立大学(都市型地域医療を先導する病院変革人材育成)、慶應義塾大学(ケースとデータに基づく病院経営人材育成)の各事業である。
東京医科歯科大学のプランは、既存のMMAコースの実績と卒業生のネットワークを活かして病院経営戦略能力を備える医療人材の養成に取り組む。首都圏大学病院等の幹部候補者を集め、幹部経験者にも参加してもらい、情報交換と大学病院経営のケーススタディを組み合わせることで、即戦力となる人材を養成するという。
ごく限られた人数とは言え、全国にこうした事業が広まっていることは歓迎して良い。多くの病院経営者(院長)は、系統的に病院経営を学ぶことなしに、OJT(On-The-Job Training)で走り続けている。
わずか1年とは言え、こうしたプログラムを受ける人材に投資し、それを終えた人材を登用することは、病院の命運を左右する鍵かもしれない。
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