医療機関のBCP(事業継続計画)の
必要性と策定の方法について考える
東日本大震災以降、BCP(事業継続計画)という言葉が使われるようになり、現在では、災害拠点病院のみならず、一般病院でもその策定が求められるようになってきた。だが、それが病院経営に負担となることは間違いない。11月22日の勉強会では、厚生労働省の松岡輝昌・医政局地域計画課医師確保等地域対策室長と、鹿島建設の小林直樹・建築設計本部設備設計統括グループ統括グループリーダーが講師を務め、「病院のBCPとはどのようなもので、なぜ必要とされるのか」「どのようにすれば、真に機能する病院BCPを策定出来るのか」といった内容で講演、議論が行われた。頻発する地震だけでなく、台風、豪雨、噴火など、多くの自然災害の脅威にさらされる我が国では、災害が起きた時の医療供給を確保するためにも、医療機関におけるBCPの整備が求められている。そのために国は何をし、自治体には何が求められ、病院は何をすべきなのかを考える勉強会となった。
尾尻佳津典・「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」代表(集中出版代表): 「BCPは医療機関にとって、責務の重いものですが、その策定を厚労省から求められています。災害時の医療を充実させ、継続させることについて、国から期待が寄せられているわけです。しかし、医療機関には大きな負荷がかかります。どうすれば良いのか考えてみたいと思います」
原田義昭・「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」国会議員団会長(自民党衆議院議員) :「今日のテーマはBCPです。災害が起きた時にどうするかという話ですから、目立たないけれど、現在の医療構造の中における非常に重要な分野だと考えています。専門の先生方に講演をして頂き、ご出席の皆様による活発な議論が行われることを期待しております」
BCPとは
BCP(Business Continuity Plan)は一般的には次のように定義されています。
「災害時に特定された重要業務が中断しないこと、また、万一事業活動が中断した場合に目標復旧時間内に重要な機能を再開させ、業務中断に伴う顧客取引の競合他社への流出、マーケットシェアの低下、企業評価の低下などから企業を守るための経営戦略」(内閣府の防災情報ページより抜粋)
しかし、このままでは医療分野には馴染みません。重要業務が中断しないことと、復旧を早くすることが重要ですから、医療では、「災害の超急性期から慢性期へと変化するフェーズに対応し、病院機能の損失を出来るだけ少なくしつつ、機能の立ち上げ、回復を早急に行い、継続的に被災患者の診療を行うための計画」ということになります。
◆東日本大震災後の厚生労働省の取り組み
東日本大震災があった平成23年に開かれた「災害医療等のあり方に関する検討会」の報告書には、「一般の医療機関については、従来通り、医療機関自らが被災することを想定して、防災マニュアルを作成することが有用である」「病院の災害対応マニュアルは、初期対応に重点が置かれており、業務継続計画としての性格を有するような長期的な対応について整備されることは少ないと考えられるため、長期的な対応も想定して各病院が作成することが望ましい」と記載されています。
また、この検討会を踏まえて出された「災害時における医療体制の充実強化について」という厚生労働省医政局長通知には、「自ら被災することを想定して災害対策マニュアルを作成するとともに、業務継続計画(BCP)作成を医療機関に対して努力義務とする」ことなどが盛り込まれました。
BCP策定がどの程度行われているかを分野ごとに調べたところ、医療施設では、BCP策定済みが7.1%、策定中が10.3%で、両者を合わせても20%に届いていません。電気業が合わせて70〜75%に達しているのと比べ、大きく遅れています。このようにBCPの策定が進んでいないのを受け、『BCPの考え方に基づいた病院災害対応計画作成の手引き』を作り、病院に配布したところです。
◆熊本地震後の厚労省の取り組み
熊本地震があった平成28年に、「医療計画の見直し等における検討会」が開かれました。熊本地震では、DMAT(災害派遣医療チーム)が支援した14病院のうち、BCPが作られていたのは1病院だけだったため、災害拠点病院でBCPがないのはおかしいということになりました。そして、検討会後に出た通知には、災害拠点病院の目標として、「被災しても早期に診療機能を回復できるよう、業務継続計画の整備を含め、平時からの備えを行っていること」と記載されたのです。こうして、BCP策定を災害拠点病院の指定要件にする方針が決まりました。
◆これからの厚生労働省の取り組み
平成29年に出た「災害拠点病院指定要件の一部改正について」という通知には、「①被災後、早期に診療機能を回復できるよう業務継続計画の整備を行っていること。②整備された業務継続計画に基づき、被災した状況を想定して研修及び訓練を実施すること」という新たな要件が加えられています。努力義務であったBCPが、災害拠点病院については指定要件として義務化されることになったのです。そこで、平成29年度の新規事業として、「BCP策定研修事業」が始まっています。
◆病院BCPの特徴
東日本大震災以降、BCPという言葉が一般的に使われるようになり、BCPを策定する自治体や企業が増えていますが、病院では進んでいません。病院のBCPは一般のBCPと違うからです。
災害発生後、病院の医療供給能力は低下しますが、被災者が訪れて需要量は急激に上昇します。そのため、需要と供給のギャップが一時的に非常に大きくなります。一般企業なら、工場の生産ラインが被災したり、部品の供給が滞ったりすれば、供給がゼロになることがあります。しかし、病院が医療供給をゼロにすることは許されません。通常の20%でも30%でも供給する必要があります。
一般企業のBCPが「中断→復旧→業務再開」という流れになるのに対し、病院のBCPは医療業務を継続しながら復旧に取り組むことになります。また、一般企業では供給能力の低下は逸失利益ですから、BCPのコストは、それをヘッジするためのコストと考えられます。それに対し、病院では、医療提供能力の低下と逸失利益は必ずしも結び付きません。そのため、BCPのコストは経営上の負担となるのです。
◆東日本大震災の教訓と病院BCP策定のポイント
被災した病院で集められた声は、BCP策定の参考になります。例えば、非常用発電機があれば、被災しても機械は動くと思っている人が多いのですが、実際にはそうではありません。非常用発電機から何に電気が送られているかは千差万別で、全ての機械ではないからです。通信システムが予定通りに機能しなかった例も多く見られました。災害対応として装備しておいても、それが機能するとは限らないのです。こうした東日本大震災の経験から、様々なボトルネックの存在が明らかになってきました。施設の運用や維持管理の問題も浮き彫りになってきました。
例えば、手術機能に対する災害対策というと、かつては電源や照明など、ハードの強化に主眼が置かれていました。しかし、それだけでなく、病院機能の運用面の充実も必要ですし、医師や看護師などの人的資源も重要です。このように、手術機能を維持するということを考えても、単にハード面の充実だけでなく、それらのハードを使うための運用面の充実も考慮し、効果的なBCPにしていく必要があります。
◆病院BCPと建築・設備
災害発生時に医療を継続するためには、病院の何が使えて、何が使えなくなるのかを知っておくことが大切です。例えば、停電時に頼りになるのは非常用発電機ですが、何に電気が送られるのかを、はっきりさせておくとよいでしょう。防災負荷(消火ポンプ・排煙機など)には、どんな病院でも非常用発電機から電気が送られます。しかし、保安負荷(給排水ポンプ・電話交換機など)、医療用負荷(医療用コンセント・照明など)、一般負荷(一般用コンセント・照明など)に電気が送られるかどうかは、それぞれの病院で異なっています。
鹿島建設には、建物安全度判定システム「q-NAVIGATOR」があります。地震後の建物の安全性をいち早く判断し、その建物で医療を継続していいのかどうか、その判断をアシストするシステムです。建物内に複数の加速度センサーを設置し、地震直後に揺れを分析。建物の安全度を、「安全(館内待機指示)」「要注意(館内待機だが被災状況を確認)」「危険(適切な非難誘導)」の3段階で判定します。病院のBCPを支援するシステムです。
尾尻:「BCPの策定を進めるために、厚労省が策定のためのマニュアルを作り、医療機関に送ると良いのではないでしょうか。地域によって状況に違いがあるかもしれませんが、そこは医療機関が修正して完成させれば良いと思います」
松岡:「医療機関は、それぞれが持っている資源も違いますし、地域の状況も違いますので、一律のマニュアルを渡して、これでやってくれというのは難しいと思います。厚労省としては、ひな形を作ろうということで、研究者にお願いしています。これがうまく出来れば、それを参考にして頂くことで、BCPの策定が進むと考えています」
服部智任・社会医療法人JMA 海老名総合病院院長:「当院は災害拠点病院ではないのですが、災害の時にはお願いしますと保健福祉事務所から言われています。災害時に総合的な判断が出来る人の育成について教えてください」
松岡:「災害拠点病院に関しては、BCPの研修事業を行いますが、一般病院が参加出来る状況にはなっていません。ただ、災害拠点病院と一般病院が、協力して災害に対応することは非常に重要だと思います。近くの災害拠点病院には、BCPの講習を受けて来られる方がいると思いますので、話し合いをしてみるのも一つの方法かと思います」
小林:「日本医療福祉設備協会という団体がありますが、ここではCHE(Certified Hospital Engineer=認定ホスピタルエンジニア)という資格の認定を行っています。病院の設備などに対して、医療が分かった上で、設備についても専門知識を持つプロフェッショナルを育成することが目的です。こういった資格を取るのも良いかと思います」
小谷聡司・厚生労働省医政局地域医療計画課救急・周産期医療等対策室災害時医師等派遣調整専門官:「人材育成は国にとっても大きな問題です。特に災害拠点病院でBCPを策定出来ないという問題があります。ノウハウがない、そもそもBCPが何であるかも分からないということなので、BCP策定研修事業で人材育成を始めることになっています」
北久保智也・厚生労働省医政局地域医療計画課救急・周産期医療等対策室災害医療対策専門官:「平成29年からBCP策定研修事業が始まっています。災害拠点病院では、平成30年度までにBCPの策定を行い、それに基づいた訓練を行うことが義務付けられました。この研修の対象は、災害拠点病院に加えて『第二次救急医療機関等』も入っています。最終的には、全ての病院がBCPを策定することが望ましいので、そのための人材育成は、平成31年度以降も継続していきたいと考えています」
服部:「周辺に小さな市町村がいくつもあり、それぞれから災害時に対応してほしいと言われているのですが、行政区によって災害時の対応マニュアルがばらばらで困っています」
松岡:「市町村で違うというのは、ありそうな話だと思います。ただ、災害時の医療計画は、基本的には都道府県で作っていますので、県内では統一されていると思います」
荏原太・医療法人すこやか高田中央病院院長:「横浜で、災害協力病院として災害拠点病院の下で活動することになっていますが、危惧される点があります。一つは、県と市の連携が本当に出来ているのかという点です。もう一つは、横浜市独自の循環型備蓄による医薬品の備蓄です。調剤薬局に備蓄するのでロスがないというのですが、災害時に必要となる医薬品と、調剤薬局に普段置いてある薬剤は、違うと思います。その薬局が被災したらどうなるのか、という心配もあります」
松岡:「基本的には、災害時の医療計画は県が策定します。しかし、市でも災害時に市民を守るという観点から、災害時にどう活動するかを考えているのだと思います。県と市の連携がうまくいっていないのは、PDCAサイクル(管理業務を円滑に進める手法の一つ)がうまく回っていないのが原因ではないかと想像します」
土屋了介・地方独立行政法人神奈川県立病院機構理事長:「横浜市と神奈川県の連携の話ですが、当機構には五つの病院があり、四つが横浜市内にあります。横浜市は政令都市であるため、医政局からの通知は、県知事だけでなく横浜市長にも行われていると思います。そのため、県と一緒に市も用意を始めるので、二重で指示が来ることになります。行政的な整理をして頂かないと、食い違いが出てきます。また、BCP策定のための研修に関しては、研修に人を出すコストが、医療機関の場合は経営の負担になっています。補助金をとは言いませんが、その辺りのことも考慮して計画を立てて頂きたいと思います」
井元剛・株式会社9DW代表取締役社長:「災害時の計画をAIが立案するとか、今までの災害規模と対応から、何か足りないものがあるかを指摘するとか、そういった判断をAI(人工知能)が行うことは出来るかもしれません。人間が判断していた部分を、ある程度、機械に学習させたり、AIに分析させたりしてみたい、というニーズはあるのでしょうか」
松岡:「思い付きレベルの話ですが、指揮官のいなくなった病院をどうやって動かすか、という問題があると思います。過疎地や僻地では、医師がその他の地域から通っていることがあります。そのような場合、交通が途絶えることで、病院が指揮官不在になる可能性があります。そうした時に、次に何をすべきかをアドバイスしてくれる指揮システムのようなものが、必要ではないかと思います」
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