最近、「仕事を辞めたい」と考える若手医師が増えている、という話を聴いて驚いた。
確かに医師の仕事は長時間労働で肉体的にもハードだし、負担や責任も重い。ひとたび何か事故でも起こすと、新聞などで大きく取り上げられてしまうリスクとも背中合わせだ。
それにしても苦労して医師になったのに、それを「辞める」とはどういうことなのか。後輩に聞くと、意外な答えが返ってきた。
「ああ、医師免許があれば、医療経営コンサルタントになったり、遺伝学的検査なんかのベンチャー起業家になったり、普通の勤務医以上に稼ぐ方法もあるんですよね。僕もそのうち、健康情報をネット動画で配信する仕事でもしようかと思って。先輩、知っていますか、"You Tuber”と呼ばれる動画配信する人達、中には月に何千万円の収入になることもあるらしいですよ……」
私は慌てて、彼に言った。
「医療サービスの起業や健康情報の動画配信もいいけど、せっかく医師免許を持っているなら、やっぱり目の前で苦しんでいる人を救った方がいいんじゃない? それが出来るのは医者だけなんだから」
すると、彼は「アハハ」と愉快そうに笑って答えたのだ。
「先輩もやっぱり昔ながらの価値観なんですね。目の前の人は一度に一人しか救えないじゃないですか。でも動画を1万人に見てもらえたら、その人達が病気になるのを予防出来るかもしれないんですよ。そっちの方がずっと世の中に貢献していると思いません?」
それ以上、どう言い返して良いか分からず、私は「ううん」と唸って黙り込んでしまった。
医師の仕事は「感情労働」
それにしても、本気で彼らは「臨床医より動画やビジネスの方が世の中の役に立つ」と思っているのだろうか。私はどうしてもそうは思えない。
“臨床離れ”の若手だって、医学生の時はそれなりに理想や夢を抱き、臨床実習に挑んだのではないか。
あるいは苦労して国家試験に合格し、ついに研修医となってしばらくの間は、一生懸命、問診や聴診をしていたのではないだろうか。
それが、何かのきっかけで行き詰まり、「もう臨床は続けられない」と挫折し、ビジネスに逃げようとしているだけではないだろうか……。
医師の仕事は、肉体労働であり頭脳労働であり、同時に「感情労働」でもある。
「感情労働(emotional labor)」とは聞きなれない言葉だと思うが、アメリカの社会学者アーリー・ホックシールドが1980年代に提唱した概念である。
それは「他者の感情状態を変化させたり維持したりすることを目的として、適切であると見なす感情を声や表情や身体動作によって表現し、自分自身の感情を調整する仕事」といわれている。
そして今や、医師は単に優れた医療技術を持つだけではなく、目の前の患者にきちんと検査結果や診たてを説明し、合意を得てから治療方針を決定するコミュニケーション能力が必要とされるようになった。
また、患者や家族の感情面にも配慮し、不安や恐怖があればそれを取り除くのも、どの科が専門かにかかわらず、医師の大きな役目と考えられるようになった。
また、「チーム医療」の中では、時には他職種の人達に対して医師がその感情面に配慮し、慰めたり励ましたりするという場面も出てくることも増えた。
さらには、勤務医の場合、経営者などから理不尽な売り上げ向上を要求され、自分の感情の行き場をどうして良いか分からない、ということもあるだろう。
このように、医師の仕事で感情労働が占める割合が大きくなるにつれ、「これまで感じなかったストレス」に苦しみ、必要以上の疲労感や負担感を感じている医師が増えているのではないだろうか。
「もう辞めたい」「臨床を離れて転職したい」と考える若手医師の増加も、この感情労働の問題と無縁ではないような気がする。
ストレスをどう解消するか
先ほど、私に「医者の仕事は今や臨床だけではない」と力説した後輩も、最近、患者からのクレームに悩まされ、対処に困っているという話を聞いた。
彼の感情もまた擦り減っているのではないか。そのストレスをどう解消すれば良いのか。若手医師には、臨床を離れる前に、ぜひそのことを考えてほしい。
大酒を飲むとか、ギャンブルにのめり込むといった自暴自棄な方法ではなく、なるべく自分の感情が落ち着くような時間を大切にしてほしい。神経が興奮するような刺激ではなくて、信頼出来る家族や友人、ペットなどとの「ストレスのないコミュニケーション」が望まれる。
「この人にだったら、あまり気を使わなくても言いたいことが率直に言える」という関係をいくつかキープしておくことも大切だろう。
もちろん、社会は変化しており、医師の活躍の場が様々に広がるのは悪いことではない。
後輩が言うように、目の前の患者を手当てするよりも、メディアを通して多数の人達に健康情報を供給したいという医師がいても、おかしくはない。
ただ、本当は臨床の場で持てる力を発揮したいのに、感情労働などですっかり疲れきってしまい、「もう勘弁してほしい」とそこから撤退してしまうのはもったいない話だ。
もちろん、若手医師を雇用している病院の院長や先輩医師も、その側面を考えて「どう? たまには家族でゆっくりしている?」「いろいろあって疲れてない?」と彼らが心のエネルギーを回復出来るよう、十分に配慮する必要がある。
そしてもちろん、院長や先輩医師も自分の感情が擦り減って枯渇しないよう、たまにはセルフケアを考えた方がいいことは言うまでもないだろう。
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