〝失敗〟の経験から慎重だった厚労省で議論大詰め
子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の接種勧奨再開に向けた環境整備が大詰めを迎えている。厚生労働省の検討会は2017年11月29日に開いた部会で、HPVワクチンと接種後の症状の因果関係に関する新たなエビデンスを検証。HPVワクチンの危険性を示す新たなエビデンスは示されず、再開に向けた道がまた一つ整った。積極的な勧奨中止から4年半。国はついに接種↘勧奨再開を判断出来るのか。
これまでの経緯を簡単におさらいする。HPVワクチンは10年11月から、全国の多くの自治体で小学6年〜高校1年の女子が無料で接種出来るようになり、13年4月には定期接種化された。ところが、HPVワクチンが定期接種化される直前から、接種者が全身のしびれや痛み(疼痛)に苦しんでいるとの訴えが散発的に聞かれるようになった。発作的に手足などが震えたり大きく身体を仰け反らせたりする不随意運動に苦しむ動画がテレビやインターネットで拡散し、「HPVワクチンの恐ろしさ」を広めるきっかけとなった。被害者らは、薬害被害者やその支援者の支援を受けて連携していった。中心となったのが「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」(連絡会)である。
厚労省は定期接種化からわずか2カ月後の13年6月、こうした症例の実態調査や治療法の検討を行う必要があるとして、積極的な接種勧奨を止めた。定期接種から外れたわけではないため対象年齢であれば無料で受けられるが、「HPVワクチンは怖い」というイメージが先行し、ほとんど打たれていないのが実情だ。
この間、世界保健機関(WHO)や国内の学会などが「このままだと日本は将来、子宮頸がんの患者が増えてしまう」と危機感を露わに再↖開を求めてきたが、厚労省は再開に向けた議論よりも、まずは被害を訴える患者の調査や救済策の整備に力を注いできた。
メディアは被害報道から科学的論調へ
厚労省がこうした〝遠回り〟をしてきた背景には、勧奨中止から半年後の14年1月、再開を目指して失敗した経緯があるからだ。医療ジャーナリストによると、「同年1月に開かれた専門家部会は、これまでHPVワクチンの副反応としては知られていなかった疼痛に着目。神経疾患、中毒、免疫反応のいずれにも該当しないことを確認し、HPVワクチンを打つ際の強い痛みや不安など様々な心理的要因が身体に影響を及ぼす『心身反応』以外に考えられないと結論付けた」と言う。
心理的要因が身体に様々な影響を及ぼすことは専門家の間ではよく知られている。しかし、部会の結論に患者らは「心に問題がある」「気のせい」と受けとられかねないと大反発。あの衝撃的な患者の症状が「心身の反応」とは考えにくいと、メディアも懐疑的な反応だった。
部会は同年7月、「心身の反応」という言葉が心理的要因と誤解される恐れがあるとして「機能性身体症状」と言い換えたが、馴染みない言葉に、これまた「一件落着」とはならなかった。
ところが、である。最近は少し風向きが変わってきた、と医療ジャーナリストは話す。「これまでメディアは被害者の訴えを中心に取り上げてきた。ところが最近は比較的、科学的なエビデンスに基づく論調が目立ってきた。被害者らは16年7月に国や製薬企業を相手取って訴えを起こしたので、メディアは『両者の訴え』を取り上げないといけなくなった」。被害者達が司法の場へ問題を広げたことが、逆に彼らの声を一方的に取り上げる状況ではなくなったようだ。
被害者間の複雑な人間関係も浮上
「連絡会をはじめ、被害を訴える方達は次の手を出しあぐねているのではないかと思う」と語るのは全国紙記者だ。日本小児科学会前会長である横田俊平氏ら、「健康被害はHPVワクチンに起因するものだ」と主張する専門家は少ないながらも存在する。しかし、彼らの発表や論文は「臨床報告が主で、因果関係に関する科学的な解明が出来ていない。疫学研究としても小規模なもので、科学的に価値が高いものとはいえない」(厚労省関係者)ため、HPVワクチンと接種後の症状の因果関係に関する新たなエビデンスを検証した厚労省の部会に提出されることもなかった。
この部会ではもう一つ、ちょっと変わった資料も出された。
「今年8月の部会の資料が訂正されたんです。7月に厚労省で開かれた医師向けの研修会で、HPVワクチン接種後に様々な症状に苦しみ回復した患者が自身の経験を語ったのですが、その際の資料が差し替えになりました」(全国紙記者)。理由は、患者側から申し出があったためだという。
研修会は、厚労省が患者の治療法を確立するために設置している研究班の医師が、協力医療機関の医師向けに行ったもの。件の患者は研究班の医師にもかかっていたが、主治医は別の医師であり、研究班が進める「認知行動療法」によって症状が緩和されたわけではないと主張。自身の経験がHPVワクチン接種再開に向けた議論の〝材料〟にされてしまうことに深い懸念を示したという。連絡会は厚労省に資料を訂正するよう要求書を出し、それが取り入れられたというわけだ。
しかし、この問題の背景には複雑な人間関係があると指摘する行政関係者もいる。HPVワクチン接種後の体調不良に苦しんだ患者の中にも、様々な治療が奏功して回復した例は前述の患者だけでなく複数ある。ところが、「症状が治って連絡会を抜けようとすると、仲間から嫌がらせを受けることが多い」(同会関係者)と言うのだ。
関係者は「症状が良くならない人からすれば、治ったという報告に心穏やかではないのだろう」と心中を慮るが、「良くなったと報告すると、それはHPVワクチンの副反応ではなかったのだ、と関係を切られてしまう例が出ている」と言うから、連絡会の目的は一体どこにあるのか不思議である。
そんな中、HPVワクチンの副反応とされる症状の多くは副反応ではないと訴えてきた医師でジャーナリストの村中璃子氏が17年12月、英科学誌『ネイチャー』の関連団体が主宰する「ジョン・マドックス賞」を受賞した。公共のため科学的な主張を広めることに貢献した個人に与えられるという賞だが、連絡会の関係者は早速、この賞が都合の良い主張をした科学者らに送られる賞だと発言している。
今年が6回目であり、日本人の受賞がこれまでなかったこの賞の価値についての判断は難しいが、一つ言えるのは、ツイッターなどのSNS上では、村中氏をはじめHPVワクチンの有用性を訴える医師や専門家に攻撃を加える患者側の言説よりも、こうした攻撃的な発言を疑問視する意見の方が多く拡散され、支持を得ているという事実だ。厚労省は、こうした〝世論〟の動きを注視し、再開に向けた地ならしをしようとしているようだ。
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