全ての子の無償化は見送り、補助施設の決定は先送り
幼児教育・保育の無償化を柱とする、政府の「2兆円規模の政策パッケージ」の概要が固まった。とはいえ、安倍晋三首相が17年10月の衆院選直前に、金額ありきでぶち上げたものが骨格だ。時間がない中、生煮えだった内容に急遽肉付けしたとあって、「3〜5歳児の保育料を全て無償にする」との選挙公約は一部実現出来なかった。補助をする認可外施設の対象などは18年夏に先送りされた。
「発表段階で内容を詰めてなかった」
田村憲久・元厚生労働相「補助となる対象の認可外施設は?」
安倍首相「専門家の声を反映する場を設け、来年の夏までに結論を出していきたい」
17年11月27日の衆院予算委員会。安倍首相は認可外のうち、どんな保育施設を補助するかについては有識者会議を作って検討し、18年夏までに決める考えを明らかにした。
認可外施設には、既に補助することが決まっている通常の保育所以外にも、事業所内保育、ベビーホテル、預かり保育など様々な形態がある。決定の先送りは、「構想を発表した段階で内容を詰めていなかった」(与党幹部)との証言を裏付けた。
安倍首相が「人づくり革命」の中心、教育と保育の無償化について踏み込んで語ったのは、衆院解散を表明した9月25日の記者会見だった。
「子育て、介護。現役世代が直面するこの二つの不安解消に、大胆に政策資源を投入する」。こう切り出した首相は、19年10月に予定する消費税率10%への引き上げで得られる税収の使途を一部見直し、財源を捻出すると力説した。
消費税率を10%にすれば約5・6兆円の増収が生じる。このうち、約4兆円を国の借金返済に充てるのが政府方針だった。
それを改め、4兆円の中から1・7兆円を無償化に振り分けるというのが首相の提案だ。首相はこうした方針を与党の頭越しに公表し、批判を招いた。
しかし、自民党執行部は党内の不満を封じ、衆院選の公約に「2020年度までに幼稚園・保育所を無償化する」と掲げた。そして、首相は選挙に勝利すると、すぐ榊原定征・経団連会長と会い、「2兆円」の調達に必要な残り3000億円について、企業に拠出させるとの答えを引き出した。
「消費税増税分の使途を、(国の借金返済から)教育無償化に一部変更する手はあります」
無償化策の財源調達に頭を痛めていた安倍首相が消費税に目を付けたのは、こんな財務省の一部幹部の発言がきっかけだった。
財務省自ら、至上命題とする財政再建の手を緩めたのは、経済成長を重視し2度消費増税を先延ばしした首相に今度こそ増税を飲んでもらうための苦肉の策だった。
一方、首相の側も、すぐさま財務省の話に乗った。選挙でアピールしやすい上、保護者らが教育費にかからなくなった分を他の消費に回してくれれば、経済成長の一助になるとの判断もあった。
12年に成立した社会保障・税の一体改革関連法は消費税の使途を年金、医療、介護、子育ての「社会保障4経費」に限っている。だが、財務省は「教育への投資も子育ての一貫」との理屈をこね、反発する厚労省を横目に「一体改革法の改正は不要です」と国会議員を説いて回った。
こうして「政策パッケージ」は、中身を詰めないまま「2兆円」の規模が先行した。選挙は自民党の圧勝ながら、要因は分裂した野党によるオウンゴール。「安倍一強」は揺らぎ、首相と自民党の間の力関係も微妙に変化した。無償化の中身を曖昧にして選挙に臨んだツケは、選挙後にまず、認可外保育所の扱いを巡って表面化した。
政府は当初、認可外の保育所は無償化の対象外とする考えだった。経費がかさむし、「国が認可外を推奨しているように誤解される」と考えたからだ。しかし、子育て世帯を中心に「認可施設に入れないから、やむを得ず認可外を選んでいるのに、差を付けるのか」との批判を招き、自民党は一転、認可外保育所も補助の対象とする方針を打ち出した。
次は「3〜5歳児の全ての子で無償化する」との自民党公約に、同党内から「一律無償化は高所得者への優遇になる」との批判が高まった。すったもんだの末、政府・与党は3〜5歳児に関し、認可施設は原則全員無料、認可外は認可施設の平均保育料(月3万5000円)を上限に支給し、幼稚園は公定価格(上限月2万5700円)を支給する方向に落ち着いた。
当初検討されていた「所得制限を入れる」案こそ撤回されたものの、「全ての子で無償化」の完全実施は見送られた。
受け皿不足で待機児童の増加も
パッケージの大枠は、幼児教育・保育の無償化に約8000億円▽大学など高等教育の無償化に約800
0億円▽保育の受け皿づくりに約3000億円▽介護人材の処遇改善に約1000億円▽保育士の処遇改善に数百億円横──を充てるとの内容だ。認可外の保育施設のうち、どれを補助の対象とするかや、私立高校の扱いなどについては先送りした。
とりあえず、教育無償化策の概要は固まった。しかし、「無償化より保育所に入れない待機児童の解消が先」との批判が保育の現場を中心に強く出ている。受け皿が不足したまま無償化を進めると、入所希望者がさらに増え、待機児童が膨らみかねないからだ。
今回政府は、「受け皿整備が先」との批判を受け、土壇場で「保育士の処遇改善」にも新規財源を充てることは盛り込んだ。それでも、保育施設の整備については、従来の「32万人分」を踏襲しただけ。野村総合研究所は20年度末までに「88万6000人分」の追加整備が必要と推計していることもあり、野党は「32万人分では不足する」とみて政府を追及している。
希望の党の長島昭久氏は11月28日の衆院予算委員会で、「32万人分を達成したら、待機児童はゼロになるのか」と政府を追及した。これに対し、安倍首相は「無償化をすれば新たな需要が当然出てくることはある。断定的にゼロになるとは言えない」と逃げを打った。
また、加藤勝信厚労相は「32万人」の根拠について、地域ごとの需要予測を積み上げたのではなく、25〜44歳女性の就業率が80%(16年は72・7%)になることを前提に、保育所の申し込み率を推計して弾き出したマクロの数字だと明らかにした。
保育の受け皿整備を十分進めないまま無償化を先行させると、運良く入所出来た人ばかりが恩恵を受け、入れなかった人との格差はさらに広がる。
長島氏の「無償化を進めるデメリットは」との問いに、首相は「待機児童ゼロを先にすべき、との議論があるのは承知している」と応じながらも、「子供への投資が日本は少ないとの指摘もある。まず無償化から突破口を開きたい」と続け、長島氏に反論した。
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