虚妄の巨城
武田薬品工業の品行
武田薬品の長谷川閑史が2017年4月、会長職を辞して、相談役に就任することを発表したが、正式に退任が決定した6月の株主総会以降、久々に名前が登場した。
『週刊ダイヤモンド』10月14日の、「初調査」と銘打った「ニッポンの老害 相談役 ・顧問」特集。同誌は大手企業61社の「相談役・顧問の実態」のリストを掲載しているが、それによると、武田の「相談役・顧問」は長谷川一人のみで、週4日の勤務日数。社用車と秘書は与えられておらず、個室のみ。
株主総会前、長谷川の相談役就任に抗議する株主に対し、社長のクリストフ・ウェバー名で発表された社としての説明文書では、最後に「社用車や専任秘書はおかない予定です」と明記。実際、約束は守られた形だが、何もおかれていない企業は37社あるから、長谷川は恵まれている方だろう。
「グローバル経営」の次は「老害経営」
同誌は「相談役・顧問」について「その悪影響は論をまたず、人事抗争や不祥事、経営危機の火種にまでなってきた」と強調。凋落した東芝を典型に「老害経営」になるとして、東京証券取引所が「上場企業のガバナンスの状況を報告する『コーポレート・ガバナンスに関する報告書』の記載要項を改訂し、任意ながら、その中で相談役・顧問の情報を開示する制度が、18年1月から始まることになった」との注目すべき動きを伝えている。
武田の場合、長谷川がどこまで「老害経営」の要因となっているか、今のところ外部から窺える状況にはない。だが、武田は他社と比較し、報酬についてはオープンのようだ。同誌は、企業の「相談役・顧問」が「『幾らもらっているのか』は、現時点でもほとんど分かっていない」としながらも、長谷川のケースが「手掛かり」だとして、以下のように説明している。
「(株主総会で)同社は長谷川氏の相談役としての報酬は『取締役会長時代の約5%程度である』と説明しました。
長谷川氏が会長だった16年当時の報酬は4億0900万円。5%程度というと約2045万円。この額が相談役として適当なのか、見解は分かれそうです」
前出のウェバー名での説明では「(社として)今後も多数の案件で同氏のアドバイスを求めることはなく、実際にアドバイスを求めるケースがあるとしましても、ごく稀である」となっていた。
ならば、自宅にいる長谷川にせいぜい電話の1本でもかければ済みそうで、個室も週4日という勤務日数は無論、2045万円という年収もまた、全く不相応であるという印象が否めない。しかも、同社は6月の株主総会の説明文書では、「年間報酬順は、現在の約12%程度」と説明していた。約4000万円ではさすがにまずいと考え、週刊ダイヤモンドの取材では「約5%」と答えたのだろう。要は、こんなちぐはぐさこそ、既に「老害経営」が始まっているということではないのか。
社長時代、新薬の開発に失敗し、そのため海外の大型M&A(企業の合併・買収)にのめり込んだ挙げ句、マネジメントの混乱を招いてしまい、「グローバル経営」と称して社長以下、外国人幹部が幅を効かす路線を敷いたのが長谷川だ。会長職を引いたら、社内で揺り戻しがあったり、自分の現役時代の評価が否定されたりするのを恐れたのだろう。
何しろ、他社なら常務会以上の存在となるTET(タケダ・エグゼクティブ・チーム)と称した経営会議のメンバー14人中、社長以下11人が外国人だ。外資系でもない上場企業で、こんな異様な「経営」がいつまで続くか未知の要因が大きい。それならなおのこと、自分の目の黒いうちは、たとえ社用車や秘書を取り上げられようとも、「グローバル経営」を快く思わない創業者一族とそのグループからの批判が社内に及ぶような事態は、「老害」と指さされようが食い止めたいと考えているに違いない。
ただ、それでも「グローバル」だか何だか知らないが、TETに象徴されるような国籍不明の企業にしておきながら、ちゃっかりと保身のためか、あまりに「日本的」過ぎる「老害」の類いに甘んじている長谷川の身勝手さは相当なものだろう。
もっとも、「グローバリゼーション」だの「グローバルスタンダード」といった用語が幅を効かす21世紀の時代になりながらも、その実、長谷川のみならず、企業も行政も、前時代的な風潮とその現れである互いの癒着やネポチズム(縁者びいき)がまかり通っているのが現実だろう。
厚労省所管のGPIFが筆頭株主
その典型が、株式市場の「官製相場」だ。よく知られているように、「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)は、運用資金総額百数十兆円に達する世界最大の投資機関。安倍政権の人気取り目的で株価吊り上げに利用されているという面も指摘されているが、今や武田の筆頭株主で、総発行株式約7億9039万株のうち、GPIFが約5350万株、6・777%を保有するに至っている(昨年10月段階)。
GPIFのような公的マネーが筆頭株主になっているのは、東証1部上場企業中、半数近い980社に達するが、結局は株価を下支えする機能を発揮して、割高感をもたらす。少なくとも、自由主義経済の論理とは必ずしも整合しないはずだ。武田の株価は10月2日、この5年間で最高の6395円まで付けたが、それとてGPIFや日本銀行の上場投資信託(ETF)の「買い」と無縁ではないに違いない。
しかも、GPIFの所管官庁は、製薬企業にとって最も関心が高い薬価と診療報酬をコントロールする厚生労働省に他ならない。のみならず、GPIFは「国内株2037銘柄のうち、製薬関連企業49銘柄で全体の約6・3%に当たる約2兆円を占めていた」(『医薬経済』16年8月15日号)とされる。これでは、製薬業界を所管する厚労省が、同時に大株主として製薬業界の株や社債を購入していることになる。こうした関係もまた、自由主義経済の論理に照らしていかがなものか。少なくとも、本来の市場原理とはかけ離れているのは疑いない。
結局、長谷川の引き際の汚さとは桁違いの、「グローバル」な時代とはそぐわないような「ニッポンの老害」に象徴されるネガティブな要素が、しっかり構造化しているということなのだろう。今や収益の7割を海外で稼いでいるという武田にとっても、そうした悪しき「ニッポン」的風潮は居心地が悪かろうはずがない。 (敬称略)
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