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未来の会

急遽、診療報酬改定の目玉となった「ヒルドイド」

急遽、診療報酬改定の目玉となった「ヒルドイド」
年100億円の「美容処方」にナタが振るわれる

不適切な利用は10年ほど前から確認されていたという。アトピー性皮膚炎などに伴う皮脂欠乏症の治療に使われる医療用保湿剤「ヒルドイド」を美容クリームとして使う事例が止まらない。その〝無駄〟な処方は実に年100億円に迫る勢いだという。近年はツイッターなどのSNSで情報が広まり、ついに2018年度の診療報酬の改定を議論する中央社会保険医療協議会(中医協)で俎上に載ることになってしまった。

 「美容利用が問題となっているという報道が出て以降、ヒルドイドをもっと出してほしいとお母さん達が迫ってくるんです。保険から外れたら高くなると思って、今のうちに大量に手に入れたいと考えているのでしょう」。そう打ち明けるのは、関東地方の病院に勤める小児科医だ。

 医師が女性達から「もっと」とねだられている「ヒルドイド」は、皮膚科領域の外用薬を主力とするマルホ(大阪市)が皮脂欠乏症の治療薬として製造、販売している。1954年に凝血阻止血行促進剤として発売。90年には皮脂欠乏症への治療効果が認められたとして効能を追加した。血行促進・皮膚保湿剤として、チューブ型やボトル型のクリームの他、塗りやすいローションタイプも出ている。いずれも医師の処方箋が必要な医療用医薬品で、チューブ型の25㌘の軟膏であれば、薬価は590円だ。

化粧品と見まごうばかりの謳い文句

 ヒルドイドが処方される病気としては、アトピー性皮膚炎の他、加齢や病気に伴う乾燥肌、打撲や火傷などの外傷による血腫もある。ヒルドイドの主な成分はヘパリン類似物質で、マルホによると高い保湿性と血行促進作用があるという。

 この「高い保湿性」に注目したのが、美容に関心の高い女性達だ。ヒルドイドで検索すると、「数万円する美容クリームより美肌効果があった」「皮膚科医の間でも人気の製品」「究極のアンチエイジングクリーム」など、明らかに化粧品と見まごうばかりの謳い文句であふれている。

 医療系雑誌のライターによると、ヒルドイドの美容利用を勧めるような記事が出始めたのは、10年ほど前のこと。「当時は雑誌などが中心でした。でも、近年はネットの美容系サイトや口コミサイトでたびたび取り上げられて、その数も格段に増えた」という。販売元のマルホは、こうした美容雑誌での記事を見つけるたび、不適切な内容であることを指摘して再発防止を申し入れてきた。

 だが、ネット上にあふれる記事やSNSに対応は追い付いていない。「申し入れるにしても、ネット上の情報の多くは本名や連絡先がはっきりしない発信元がほとんど。このため、マルホも対応に苦慮していたようだ」(前出のライター)。

 そこで動いたのが、医療費の支払いを行う全国の健康保険組合から成る健康保険組合連合会(健保連)だ。次の診療報酬改定に向けた提言の中で、ヒルドイドに代表される保湿剤をやり玉に挙げたのだ。

 健保連が9月に発表した「政策立案に資するレセプト分析に関する調査研究」では、「皮膚乾燥症」の病名で、ヒルドイドや類似後発品の処方だけを受けた処方額を計算。例えば、ヒルドイドを必要とするアトピー患者であれば、ステロイドなど別の薬剤も処方されるだろう。そこで、純粋に保湿剤だけを処方されたレセプトを数えたところ、約5億円分だったというのだ。全国で同様の処方が行われたとすれば、薬剤費は年93億円と推計されるとはじき出したのである。

 さらに健保連は同研究の中で、海外では保湿剤に健康保険は適用されていないとも報告。薬局で処方箋なしで買える一般用医薬品(市販薬)で同様成分の保湿剤が買えるとして「保湿剤の処方を保険適用外とすることも検討すべきだ」とまで厚生労働省に要望した。厚労省担当記者は「医療費の抑制は喫緊の課題で、中医協の議論が大詰めを迎える中、健保連が見当違いの研究結果を出してくるとは考えにくい。厚労省としても最初から、保湿剤に何らかの制限をかけることを目論んでいたのだろう」と推察する。

 中医協がこうした医療費の「無駄使い」を議論するのは、今に始まったことではない。過去には湿布やビタミン剤などがターゲットになり、それぞれ処方制限を設けられている。

 こうした動きにマルホも敏感に反応した。健保連に対抗するように、10月18日にはホームページで、「治療以外の目的で使用することは、適切な効果が見込めないだけでなく思わぬ副作用が発現するリスクがある」などとした文書を発表。同様成分の後発薬や市販薬はマルホの製品ではなく、ヒルドイドはいわば保険適用によって稼いできた薬だ。これが制限されるとなれば、マルホの経営にも関わってくる。さらに、ヒルドイドを使ってきたアトピー患者、抗がん剤の副作用への対応に使ってきたがん患者らも「保険適用外になると困る」との声を上げた。

美容に効くというエビデンスはない

 一方の美容目的で使ってきた〝患者〟達に変化はあったのか。この問題を取り上げた全国紙記者は「ヒルドイドをもらうためにわざわざ乾燥肌などで受診する人は一部かもしれないが、家族がもらったヒルドイドをそのまま使っているという女性は多いようで、記事は大きな反響があった」と語る。ネットでは「皮膚科医も使っている」などとして、美容目的でのヒルドイド使用を勧める記事が多く出ていたが、こうした記事の元となった皮膚科医も取材に応じ、「美容に勧める意図はなかった」と困惑ぶりを明かした。

 医療費の無駄使いの象徴としての取り上げられ方に困惑、反省する人がいる一方で、臨床現場では違った現象が起きているという。

 「記事を見て、美容に効くならばと明らかに病気ではないのにヒルドイドを求める患者が出てきました」と語るのは、都内の総合病院の医師だ。ヒルドイドは保湿性に優れていることは明らかだが、美容に効くとのエビデンスはない。

 さらに、医療費がかからない子供をダシに、ヒルドイドの処方を求める母親も後を絶たないようで、複数の医師が「決まった数以上は出せないと言っても、もっと欲しいと食い下がられて困る」と証言する。現金や「妊娠菌」などの出品で話題となったフリーマーケットアプリ「メルカリ」でヒルドイドが取引されていたとの情報もあり、「自分が使うために貯めておくというより、転売して荒稼ぎしたいという人が大量の処方を求めているのではないか」とある医師は憤る。

 医療担当記者によると、厚労省はヒルドイドを保険適用外にするのではなく、処方量に上限を設けることを検討しているという。年末に向けて厳しさを増す診療報酬改定を巡る議論の中で、この方針は既定路線のようだ。

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