アストラゼネカに続き、今度は久光製薬でも
「サロンパス」で有名な久光製薬(東京都千代田区)の子会社副社長にまで上り詰めた社員が、1年の休職後にたび重なる降格をされたとして、東京地裁に降格の無効や未払い賃金の支払いを求めて提訴した。今年5月には、製薬大手「アストラゼネカ」でもMR(医薬情報担当者)が降格、減給された上、〝追い出し部屋〟に配置転換されたとして労働審判を申し立てている。製薬企業で相次ぐ労働争議の背景には、何があるのだろうか。
労働担当の全国紙記者によると、裁判を起こしたのは久光製薬に務める58歳の男性社員。10月20日に提訴し、その後、記者会見を開いて事実関係を訴えたという。
「精神疾患を患って休職し、その後の降格だというので仕方がないかなと思って聞いていたのですが……」と打ち明けるのは、会見に出席した記者。記者は「どこの会社にもうつ病などでの休職後、復帰しても以前のように働けなくなり、異動する社員がいる。そうした事例かと思っていたのですが、ちょっと違うようでした」と話す。
子会社副社長が平社員に降格
男性を支援する「東京管理職ユニオン」などによると、男性は1987年に久光製薬に入社し、サロンパスの広告に関わるなど、主にマーケティング分野で功績を挙げてきた。2001年には「久光アメリカ」という米国の子会社の副社長に就任。中富博隆社長(当時)の覚えもめでたく、幹部社員として長年活躍してきたという。
男性に異変が起きたのは、09年のこと。通販事業を立ち上げ、部長として長時間労働を続けていた男性は同年8月、5日間にわたって行われた「自己啓発セミナー」に会社の指示で参加。そこで体調を崩し、「適応障害」と診断されたのである。会社も休みがちになったため、翌年3月から約1年にわたって休職することになった。
11年1月、復帰した男性を待ち構えていたのは異動とたび重なる降格だった。休職前は通販健康部長だったが、そこから総務部に異動となり、部長付専門課長に降格。賃金も15万円ほど減額された。さらに2年後の13のまま待遇だけが悪化していった」(労働組合関係者)。
男性の関係者によると、現在の仕事内容は受付のモニターの電源入れや空調の調整などの雑用。いずれも元子会社副社長がやるような仕事ではない。前出の労組関係者は「元いた通販事業部に戻してほしいと男性は望んでおり、その中で労働組合(東京管理職ユニオン)に加入した。そうしたところ、さらに給与が減らされており、これは組合への嫌がらせだ」と憤っている。
こうした降格や賃下げを実現したのが同社独自の人事査定制度だ。
「HISAMITSU ACTION FOR TARGET(久光アクション・フォー・ターゲット)、略して『HAT』等級制度と呼ばれています。社員の1年間の働き方によってHATポイントを算定し、14等級の待遇が決まるというものです」(同社関係者)。男性はこのHATポイントが現在の等級には足りていないという理由で3度に渡る降格をされ、降格に伴い賃金も下がったというわけだ。
人事評価制度の恣意的運用で降格
労働問題に詳しい弁護士が解説する。「こうした階級制度は昨今、多くの会社が取り入れている。日本の法律では解雇や待遇を下げるのには、合理的な理由が必要。そこで、こうした人事評価制度を会社が独自に作り、それを恣意的に運用して待遇を下げるために使っているのです」。多くの会社に同様の制度がありながら、組合側が今回、HAT制度を問題としているのは、久光製薬ではHAT評価によって待遇がどのくらい変わるのかを社員に明らかにせず待遇の上げ下げを行っていたからだ。これでは、会社がリストラ策の一環として制度を便利に使っていると非難されても致し方ない。男性の場合、「会社に貢献していない」といった曖昧な理由で格下げが行われた。しかも、直属の上司が付けた評価を、中富社長によって下げられたこともあったという。
労働担当記者は「久光の事件を聞いて、今年5月に労働審判を申し立てたアストラゼネカを思い出した」と語る。アストラゼネカでは「PIP(パフォーマンス・インプルーブメント・プログラム)という制度を取り入れ、前年度の年間成績が全体の下位10%の従業員を対象に高度な目標を与え、達成出来なかった場合に降格としていたとされる。PIPを受け退職勧奨が行われた末に異動や降格、解雇をされたとして、数人の社員が労働審判を起こし、中には解雇無効の審判が出た社員もいる。
製薬企業でこうした労働争議が頻発しているのは、なぜなのか。専門誌記者は「製薬業界の環境の変化が背景にある」とみる。
少子高齢化が進む日本では、バブル期前に入社した社員が、右肩上がりで増えてきた高給を受け取り続けていることが問題となっている。中でも製薬各社は元々賃金が高い業界で、社員の高給は会社の経営に大きな影響を与えている。
さらに近年、製薬各社ではヒット作といえる新薬の開発が少なく、これまで稼ぎ頭だった薬も特許切れにより値崩れし、ジェネリック医薬品(後発薬)の台頭で利益を得にくくなっている。製薬企業の営業職であるMRも、製薬企業と医療機関の不適切な関係が取り沙汰されたことなど、時代の変化で接待が出来なくなっている。年齢が上がれば、新たな薬の知識を入れ続けることも難しくなる。思うような営業成果を上げられない中、解雇や待遇を下げるといったリストラ策が横行しているというのだ。
ある大手製薬企業の幹部社員は「アストラゼネカなどの例で、労働組合を頼って争議に持ち込むという手段が知られてきたこともあると思う」と語る。アストラゼネカ、久光製薬の両方を支援する東京管理職ユニオンは「富士フイルム ファーマのMRからも相談を受けている」といい、同様の労働争議が他の製薬企業にも波及する可能性がある。
もっとも「久光製薬の場合は少し異なるかも」(前出の幹部社員)との指摘もある。「久光は事実上、トップの中富会長が取り仕切っている会社。提訴した社員は中富会長との関係が悪くなり、それによって待遇が下げられたという噂だ」(同)。
好き嫌いで待遇を下げられてはたまったものではないが、製薬企業の中には、同じように経営者の意向が強いところが複数ある。こうした企業にとっても、今回の事例は対岸の火事ではないようだ。
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