虚妄の巨城
武田薬品工業の品行
『日本経済新聞』の10月8日朝刊を手にして、武田薬品の社員はどのような思いを抱いたのだろうか。そこには「日本人の後継者育てる」「25年までは経営関与」という見出しがついた、社長のクリストフ・ウェバーのインタビュー記事が掲載されている。
外資でもない純然たる日本企業なのに、トップが「日本人後継者育てる」というのは考えれば奇妙ではあるが、役員への昇進が当の「日本人」にとって国籍がハンディになるらしい会社なのだ。ウェバーを含め、4人いる取締役のうち、日本人は1人だけ。武田のホームページで、わざわざ「Takeda Executive Team」と英文表記された最高意思決定機関らしき部署には、メンバー14人中、日本人は3人だけだ。
「研究開発主導型」企業という詭弁
これだと、会社役員の能力として何よりも会議で通じる英語力が求められそうだが、最初から日本人であることがハンディであると宣告されたに等しい。だが、この点に関し、どれほどの社員が納得しているのだろうか。むしろ、社内で栄達の夢がほぼ絶たれることの方が懸念事項にはならないのか。
これについてウェバーは、「社長を含め幹部ポストに外国人が次々に就いています」と質問されて、以下のように答えている。
「武田は研究開発(R&D)主導型の企業だ。新薬を事業の中心に置くなら一定の企業規模は欠かせず、グローバルを志向するしか選択肢はない。・・・・・・私が武田に来る前であればローカルな日本企業として進むことも出来たが、武田は国際化を選んだ」
「英語力やグローバルな経験の有無などから、そのポストに見合う人材が日本にいなかったためだ」――。
だが、「研究開発主導型」であることと、「グローバル」であることとは、必ずしも関連性があるとは限らない。武田は11月1日、2018年3月期の連結純利益(国際会計基準)が、前期比32%増の1520億円になるという予測を発表した。要因としては、潰瘍性大腸炎・クローン病治療薬「エンティビオ」や、経口多発性骨髄腫治療薬「ニンラーロ」が好調なためという。
エンティビオは武田が年に約9000億円で買収した米ミレニアム・ファーマシューティカルズが創製したもの。ニンラーロも同様で、現在の武田の売り上げに貢献しているのは研究開発主導型どころか、会社の財務体質を悪化させてまで、カネにあかせて買収した海外企業なのだ。
ウェバーは昨年10月、東京本社で開いた17年3月期第2四半期の決算会見で、後発医薬品(GE薬)の急速な伸びについて触れ、「かなり革新的な製品(新薬)を出さないと意味がない」と述べているが、武田の現在の売れ筋商品で、自社が独自に開発したものはごく乏しい。
それどころか、以前から指摘されているように国内で「革新的な製品」を生み出す意欲があるのかどうかすら疑問なほどだ。「湘南研究所(神奈川県藤沢市)の研究員が現在の3分の1程度になる見通し」で、「現状の1000人から300~400人に減る」(『日本経済新聞』電子版1月14日付)という。
「助っ人」以上ではないウェバーの存在
元々、武田が「グローバルを志向」したのは、ウェバーを年収10億円超の社長にスカウトした現相談役の長谷川閑史が「革新的な製品」の開発に失敗した挙げ句、今度は「2兆円をドブに捨てた男」と揶揄されながら海外企業の大型買収に走ったため、世界的なマネジメントが破綻状態になったことの結果と考えていい。だからこそ「日本人」社員の間では未だにウェバーが「助人」以上の存在ではなく、会社への「愛着度」にも疑問符が付いたままというわけだ。
だが、前出の記事では、「武田を海外企業に売却するのではと懸念する声があります」という質問に対し、ウェバーは「完全に間違っている」と否定している。
「社員の多くが心配していることは知っているが、私は武田を改善したいと思っている。こういう声が出るのは、私が外国人だからだ。短期志向だと決め付けられる。私は長期の視点で経営し武田への忠誠心を持っている。本社も日本に置き続ける」――。
だが、「社員の多くが心配している」のは、必ずしもウェバーが「外国人」だからという理由ではあるまい。ウェバーが武田の前に籍を置いていた英グラクソ・スミスクラインのようなメガファーマが苛烈にしのぎを削る、真の意味での「グローバル」なビジネス現場では「忠誠心」など、さほど重視されていないからだ。
無論、製薬業界に限らないが、そこを渡り歩く一握りの超エリートたちの頭にあるのは、非情極まる競争企業の利潤最大化への執着だけだ。 第一、ウェバー自身が、14年に武田に招かれた何と翌年に、メガファーマの仏サノフィからスカウト要請があった事実を認めている。そして武田の社員も、15年6月の株主総会直前に武田の最高財務責任者(CFO)の役職を放り出し、2年程の在籍実績を残してスイスの巨大多国籍企業・ネスレに引き抜かれた、ウェバーと同じフランス人のフランソワ・ロジェの悪夢を忘れてはいまい。
だが、恨み節をつぶやく社員がいたとしたら、それはメガファーマには足下にも及ばぬ業界世界ランキングで18位程度の会社故であって、「グローバル」な巨大ビジネス競争の世界では、格別目くじらを立てる出来事ではないはずだ。そして、ウェバーもそこの一員である限り、浪花節が通用する相手ではないに違いない。
この8月には、メガファーマの英アストラゼネカが、第一三共に約1兆円規模の買収を提案していた事実が明らかになった。おそらく今後のトレンドとして、こうした動きが日本の製薬業界を直撃することになるだろう。武田も、その渦中の外にいられる保証はない。 だが、武田やウェバーの今後がどうあれ、あるいは「グローバル」がどうのこうのという話とは別に、そもそも外国企業に買収された訳でもなければ外資系でもないのに、最高意思決定の場に出席する日本人2割程度の「大手企業」とは「、国益」に照らしてどう評価すればよいのだろう。そのような議論があっても、無駄ではないと思えるのだが。(敬称略)
武田の141期中間期(2017.4.1ー9.30)の事業活動報告書によれば、営業利益2343億円のうち、1369億円は和光純薬工業(株)の株式売却益(1063億円)や不動産の売却益によるとのこと(報告書P5に記載)。日本の会計基準ではそれらは一時的利益として営業外収益に計上すべきものであり、実質の営業利益は1000億円を下回っているのが武田の営業の実態である。見方によれば粉飾とも言うべきこれらの数字を基に、社長のウエーバーは約10億円とも言われる報酬を受け取り、長谷川は2兆円(最近の借入金の増加を加味すれば更に高額になるが…)をドブに捨てたと言われながら相談役に居座るなど、武田の現経営はブラック企業と言っても決して過言ではない。