少し前の話になるが、アメリカのトランプ大統領がフランスを訪れ、マクロン大統領の妻のブリジットさんと対面した時のことだ。トランプ氏は、彼女を見つめてこう言った。
「Youʼre in such good shape.」
日本語にすれば、「スタイルいいですね」「体型が素晴らしい」というような意味になるだろうか。もちろん、トランプ氏としては褒め言葉のつもりだったのだろうが、これが大変なことになった。「女性の体をいきなり話題にするなんて失礼だ」「公務員だったら、この発言だけでセクハラとされて解雇されるかも」などなど、世界中から批判の声が上がったのだ。
欧米の新聞でも取り上げられ、我が国のネットでは「褒めただけなのに、どこが悪いの?」「セクハラ的な言葉は含まれていないじゃない」と“批判を批判”する人もいた。おそらく日常会話の中で、女性に対して「年齢を感じさせないスマートさだね」「20代の体型を維持しているんじゃないの?」などと言う人は結構いるのではないだろうか。
私もより具体的に、「おなかがあまり出てないけど、運動でもしているの?」「スリーサイズは昔からあまり変わらないでしょう」などと言われることがある。
しかし、異性、特に女性に対してたとえ褒めるつもりでも体型のことを話題にするのは、今や世界的にアウトと考えた方がよい。もっと厳密には、外見に関する話題は、たとえ褒めるつもりであっても、避けた方が良いとさえ言える。
「どうして? 女性差別はいけないけれど、『スマートだね』『すごい美人』などは差別用語ではないだろう?」という声が聞こえてきそうだが、これらは社会的公正さという観点からなされる正しい言葉遣い、いわゆるポリティカル・コレクトネスに抵触するのだ。
日本では、このポリティカル・コレクトネスの考え方は、「堅苦し過ぎる、行き過ぎている、“言葉狩り”だ」と大変評判が悪い。「保母」「看護婦」など性別が組み入れられた単語は「保育士」「看護師」と改まり定着したが、「女性に美人とかスタイル抜群とか言って何が悪い、いちいちウルサいことを言うな」という人はまだまだ少なくないのだ。
間違わないでおきたいのは、私的な友人同士などで「最近スマートになったんじゃない?」などと話すのは何の問題もないのだ。ただ職場など、もっと言えば女性であることと関係のない場面でいきなり「美人、スマート」といった言葉が出てくると、言われた女性は戸惑いを感じる。もちろん、顔や体型をけなす言葉が問題であることは言うまでもない。
公平さが物事をスムースに進める
そして医療関係者の場合、臨床現場もまさにそれに当たることを忘れてはならない。患者さんは女性としてではなく、罹患した1人の人間として診察にやって来ている。それなのに、直接診察と関係もないのに、「美しい方ですね」などと医者から言われたら、うれしいどころか不気味さを感じるだろう。
ずっと前のことになるが、私が勤務していた病院のある科に、有名な女優が通っていたことがあった。スタッフが気を利かせて「待合室を別にしましょうか」と言っても、本人は「皆さんと一緒で結構です」と断った。他の患者さん達もそれぞれ自分の病気の治療のために通ってきていたからか、待合室でサインを求めたり写真を撮ったりする人もいなかった。
担当の医師もあくまで“1人の患者”として対応し、特別な計らいをしたり外見の美しさを話題にしたりするようなことは一切なかったようだ。
治療は順調に進み、そのうち終了となった。スタッフは「最初は騒ぎになるかと心配しましたが、何事もなかったですね」と語ったが、皆が公正さを保つことが出来れば、物事はごくスムースに進むのだ、と学んだ気がした。
医療人にこそ必要な最先端のリテラシー
そして、このコラムでも何度か話題にしたように、医者や医療関係者はどうしても、“世間のお手本”として振る舞うことが期待される。当人にとっては「そんな窮屈なことは止めてくれ」と思えるかもしれないが、「お医者さんは何でも知っている」「看護師さんは立派な人」というイメージはまだ世の中に残っているし、それ自体は悪いことではないと私は思っている。医療の仕事に就く者は知識や技術だけを磨けばよいというわけではなく、一定以上の教養や人間性も不可欠だからだ。
だとすると、いざ仕事を離れたからといって「ポリティカル・コレクトネス? そんなの関係ないよ」というわけにはいかない。「俺はきれいな女性にはきれい、と言いたいんだ」といった自己中心的な考えはこの際、捨てて、「世界的に女性に対して、外見や女であることを話題にするのはNGなんだな」と最先端のリテラシーを学ぶべきだと思う。
そしてもちろん、身近にいるパートナーには大いにその外見も含めて、褒める言葉をかけてほしい。家庭は会社や診察室のような公的な場ではないからだ。
とはいえ、外見をけなし、本人の人格まで傷つけるような言葉を吐いたり態度を取ったりするのは、モラル・ハラスメントになる。これまた最近の考えでは、たとえ相手が妻であっても、その尊厳を否定するような言動はモラル・ハラスメントと見なされる。
ああ、なんて息苦しい、と思う男性もいるかもしれないが、もし、その基準が分からなければ、妻や看護師など周りの女性達に聞いてみればよいと思う。
「患者さんに『ナイスバディ』と言うのは駄目かな?」「妻に『もうお前もオンナじゃないな』と言ってもよいだろうか」。「そんなの、とても聞けないよ」というようなことは、やはり何らかの問題ありということだ。
逆に、ちょっとした気遣いで「あの先生、いつも安心して話せるから頼りになる」と信頼を得ることが出来るのだから、これからはポリティカル・コレクトネスに注意を払ってみてはどうだろうか。
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