ゼリアと研修会社が責任のなすり合い
ある私大の心理学教授によれば、「地獄の特訓は常に大声を出させると共に、運動をさせることで思考を停止させ、逆らえないようにする。その上で、欠点を本人に言わせ、仲間が支えるように持っていくことで『1人ではない。みんな仲間だ』と感涙させ、従順な人間をつくる」そうだ。
むろん、BGWは反論する。言い分は全て書いたという債務不存在確認請求の訴状で「本人は吃音もいじめ経験も『同期の人に知られたくなかったが、これを乗り越えていく』と書いている。BGWの研修は最初の3日間にすぎず、研修生もゼリア新薬の担当者も涙を流して感激していた。自殺はそれから1カ月後で、BGW社の研修が原因ではない。むしろ、その後に行われたゼリア新薬の研修は医学、薬学の専門知識を習得する内容で長時間に及ぶ上、研修生は復習に追われて睡眠時間が短くなっていた。しかも、頻繁に行われるテストで不合格者が続出。本人も12回中6回も再テストの対象になっている。理系や薬学系出身者と違い、文学部出身の本人は苦労していた。それが精神疾患発症の原因になったとみる方が自然だ」と、ゼリア新薬自身の研修を問題視している。
加えて、「BGW社の同様の新人研修はカルビーやHOYAなど200社でも行われており、対象者が自殺するような事件は起こっていない。ゼリア新薬からは06年以降、毎年同じカリキュラムで依頼を受けていて、自殺事件の翌年も依頼されている」と付け加える。
BGW社はドラッグストアの「くすりの福太郎」の小川久哉社長やアース製薬の大塚達也社長が、社員教育の専門家、三橋孝夫BGW前社長の説く精神鍛錬の研修に傾倒して04年に設立した社員研修専門の会社だ。同社に研修を依頼している企業には、前出のHOYAやカルビーの他に、大塚グループのアース製薬や大鵬薬品、ツルハ、家電量販店のノジマなどが並び、三橋氏の精神主義の研修に同調するオーナー企業が多い。もっとも、ゼリア新薬の新入社員の自殺事件後、BGW設立者であるくすりの福太郎の小川社長やアース製薬の大塚社長達は全株式をノジマに2億8000万円で売却、こっそり逃げ出している。
では、BGWから「精神疾患発症の原因」と名指しされたゼリア新薬は何と言っているか。驚いたことに、BGWの研修に担当者が立ち会っているにもかかわらず、一切口をつぐんでいる。労災を認定した中央労働基準監督署の聞き取りに対して「BGWの研修は吃音やいじめ経験を言わせたり、始終大声を出させたりする厳しい研修だった」と語り、責任をBGWに押し付けているのだから、遺族のやりきれない思いはいかばかりか。
ゼリア新薬は「アサコール」に代表される医療用医薬品、ウコンエキス配合の「へパリ—ゼ」で知られる一般用医薬品、さらにブームのコンドロイチン配合の健康食品や化粧品まで幅広く手掛けている。
創造力奪う研修で独自商品も減少?
しかし、売り上げの3割を稼いでいたアサコールは既に特許切れ。他の医薬品にはH2ブロッカー「アシノン」、胃潰瘍治療剤「プロマック」、高血圧症治療剤「ランデル」、非ステロイド性鎮痛消炎剤「ペオン錠80」、さらに丸山ワクチンから派生した放射線照射後の白血球減少抑制剤「アンサー20」などがあるが、アサコールのように事業の柱になるようなものではない。
アサコールの売り上げ減を補うものと期待しているのがスイスの子会社、ティロッツ・ファーマを通してアストラゼネカから米国以外での販売権を260億円で買い取ったクローン病治療剤「ゼンタコート(一般名はブデソニド)」だ。世界で64億円を売り上げていた医薬品で、日本では昨秋、承認されている。
だが、ゼリア新薬独自のヒット商品は少ない。アサコールはティロッツ・ファーマのオリジナルで、ゼリア新薬が導入した日本で承認される見込みになるや、ティロッツを120億円で買収した。
ブームになったコンドロイチンは創業者の故伊部禧作元社長が科研薬工業(現科研製薬)社長時代から手掛けていたが、コンドロイチン原料を全世界に供給していたデンマークのバイオファック・エスビアウを35億円で買収。ゼンタコ—トはアストラゼネカから買い取った導入品……と、ヒット商品の多くは買収で手に入れているだけにすぎない。
自社オリジナルからヒット商品が生まれないのは、新入社員に対して盲目的にトップの指示に従う精神主義の研修を行い、創造力を奪うことに力を入れてきたからではないか、とすら感じる。
実は伊部氏は科研薬社長時代にコンドロイチン硫酸塩製剤「ゼリア錠」がヒットしたことから製造を下請けに拡大したが、不良品が続出し、引責辞任している。ゼリア新薬を創業したのはその後だ。今、ゼリア新薬は人材を「人財」と表現し、「人財・教育」の重視を掲げているが、人財教育とは軍隊式の研修教育だったのか。ゼリア新薬を誇りに入社した新入社員が入社1カ月半で、かつ、社員研修が原因で自殺した事件。たとえBGWの研修に原因があったとしても、ゼリア新薬には研修を依頼した責任がある。伊部幸顕会長兼CEO(最高経営責任者)、伊部充弘社長兼COO(最高執行責任者)は「人財」を死に追いやった責任をどう感じているのか。創業者同様の潔さが求められてもおかしくない。
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