エビデンスベースのヘルスケア・医療を確立
健康寿命を延ばすため、予防医療の重要性が指摘される中、「予防医療×テクノロジー」をテーマに産官学それぞれの取り組みを紹介するシンポジウムが7月15日、医師専用サイトを運営するメドピアの主催で都内で開かれた。
健康経営とヘルスケアビジネスの創出
最初に行政の立場から、経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課の富原早夏・総括補佐が「次世代ヘルスケア産業の創出」をテーマに登壇した。まず少子高齢社会の課題として、社会保障費の拡大や、少子化や介護離職による労働力の減少に伴う経済活動の停滞などを指摘した上で、「生涯現役」を前提にした経済社会システムの再構築を提案した。具体策の第一に「健康経営」を挙げた。これは、企業が「投資」として従業員の健康保持・増進に取り組めば、従業員の活力や生産性が向上し、結果的に業績向上が期待されるという考え方。推進策として「健康経営銘柄」の選定、「健康経営優良法人認定制度」による企業や医療法人や社会福祉法人などの顕彰、また同制度と連動した「健康経営アドバイザー(東京商工会議所資格制度)」によるノウハウ提供、金融機関による低金利融資や自治体での調達優遇、人材関連企業からの人材確保支援などのインセンティブ策を示した。
次に挙げたのは、医療・介護の現場のニーズに合った形での第4次産業革命と呼ばれるIoT(モノのインターネット化)やクオリティデータなどの実装だ。例えば、ウェアラブル端末やIoT対応の検査機器から取得した健康情報のデータ収集や分析により、より個々人に合った予防サービスを提供するなど、エビデンスベースのヘルスケアの確立を目指している。既に糖尿病軽症者などを対象とした実証事業を実施、日常生活習慣の改善による効果を本人や医療職に見える化することで、患者の「行動変容」を促し、セルフモニタリングや適切な介入による健康状態の効果的な改善が期待出来るという。最後に、地域における公的保険外サービスの創出を挙げた。切れ目のない健康サービス提供体制を構築する母体として、産学官医介が連携した「地域版次世代ヘルスケア産業協議会」の設置の必要性を述べた。また、ビジネス創出の資金として、株式会社地域経済活性化支援機構の「地域ヘルスケア産業支援ファンド」や、民間資金・ノウハウを活用して成果報酬型の事業を行う「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」について紹介した。
次に登壇したソニーモバイルコミュニケーションズIoTビジネスグループ事業推進部SF−Project統括課長の廣部圭祐氏は、「介護予防とIoT」をテーマに、高齢者の介護予防に向けた同社のサービス「Fit with AI Trainer」(以下略)を紹介。FAIT(ファイト)はタブレット端末とセンサーを使った体力測定により運動能力や認知機能をチェック出来るサービス。測定結果はすぐにプリントアウトされ、介護予防のためのトレーニングも記載される。利用者を飽きさせないように、毎回の測定ごとにトレーニング内容は変わる。日常生活では、高齢者も操作しやすい「FAITタグ」という腕時計型の端末を身に着けてもらう。この端末が歩数、睡眠時間や食事時間などを記録、データの分析結果を蓄積すると、人工知能がディープラーニングを行い、運動機能や認知機能の低下など要介護リスクの兆候の早期発見のために学習する仕組み。同社は筑波大学、海外では台湾の台北栄民総医院、国立精華大学と体力や認知症に関する共同研究を行っており、アジアでのサービス展開を視野に入れる。
もう一つの企業として、サイキンソー代表取締役の沢井悠氏が「腸内フローラの可能性と事業展望」をテーマに登壇した。同社は理化学研究所の研究成果を中核技術にした「理研ベンチャー」に認定されている。社名は事業対象の「腸内フローラ」の正式名称「腸内細菌」に由来。腸内フローラは、人間の腸内に住み着く様々な細菌の集合体。分析することで体質や生活習慣、疾患の傾向を把握出来る。遺伝子やビッグデータの解析技術を腸内菌のDNA調査に応用することで、腸内フローラの全体像が分かるようになったことが背景にある。同社は、自宅で採便し郵送することで腸内細菌の状態を知ることが出来る個人向けサービス「マイキンソー」と、医療機関などが患者の検体管理に使えるサービス「マイキンソー・プロ」を提供。沢井氏は、腸内フローラの分析だけでなく、医療機関と連携して、分析結果を基により有効な健康指導が出来る仕組みを作っていくと、今後の展望を述べた。
医療と健康作りにデータとエンタメを融合
医療機関からは医療法人社団ナイズ理事長兼キャップスクリニック総院長の白岡亮平氏が「医療と他分野の融合」をテーマに講演。白岡氏は小児科医で、産業医や米国スポーツトレーナーの資格も持ち、都内に365日年中無休の五つの内科・小児科クリニックを展開するナイズ、フィットネス事業などを行う別会社も運営している。
白岡氏は現代は慢性疾患とともに長生きする時代と述べ、「治療・保険診療・薬剤治療中心」から「予防・セルフメディケーション・ビヘイビアヘルス(行動を健全にすることで健康を形成)」へ医療・健康のパラダイムシフトが起きていると指摘。人に行動変容を起こさせる動機付けとして医療と他分野の連携を提案した。
具体的には、医療と教育とエンターテインメントを融合、キャラクターの力を借りて子供達に健康教育を行う「エンタメディカル」を提唱。米国のNPO法人と連携してスタートした「セサミストリート・クリニック」の例を挙げた。また、医療と運動とエンターテインメントを融合した「DATA FITNESS」も考案。ジム利用者の身体データに基づいたプログラムを提供し、最終的に自ら健康管理出来るようにするのだが、動機付けのためゲーム性を持たせたゲーミフィケーションや、利用者間で繋がりを作って励まし合うソーシャルアクションを絡めて運動が持続出来るようにした。白岡氏は最終的に医療・日常行動・産業衛生の健康診断の情報が統合され、個人の健康状態に合わせたサービスが提供される社会を目指している。
最後に、聖路加国際病院人間ドック科部長の岡田定氏が「予防医療の主役はローテク」をテーマに登壇。予防医療とは、病気の早期発見・治療と、病気を予防するための生活習慣の改善と述べた上で、予防医療で期待されるテクノロジー(AI)の役割として、①臨床検査や画像の自動診断②予後予測(疾病発症率、健康寿命・生存期間)③治療法の選択を示した。岡田氏は、医療現場のローテクがもたらした出来事として、終末期患者の例を紹介。娘の結婚式を見たいとの希望に沿い、院内チャペルで模擬結婚式を行ったところ、患者は花嫁と花婿に何度も感謝の気持ちを伝えた。患者は翌日から昏睡状態になり、6日後に亡くなった。岡田氏は「テクノロジーが進歩しても、患者の実生活を把握して生活習慣の改善やライフスタイルの再考を促したり、患者や家族の価値観に寄り添った大局的な判断を下したりするには人のローテクが必要」と述べた。
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