政府の医療費抑制策に対し、医師の偏在解消策で抗する愚
「地域医療構想がこうなることは予想されたが、まさにエゴをむき出しにした議論だ。こうした状況は当分続くだろう」。厚労官僚OBが、呆れ顔で話す。
この厚労官僚OBが、代表例として挙げたのが「急性期指標」である。地域医療構想の急性期機能を定量的に示す手法の一つとして、5月に開催された厚生労働省の「医療計画の見直し等に関する検討会」の「地↘域医療構想に関するワーキンググループ」(座長=尾形裕也・東京大学政策ビジョン研究センター特任教授)で示されたものだが、これに日本医師会(日医)の中川俊男副会長が噛み付いた。6月25日の日医定例代議員会で、「この指標が独り歩きすれば、地域医療は混乱に陥る」と強く牽制したのだ。
中川氏が問題視するのは、地域医療構想が「病棟単位」で捉えているのに対し、急性期指標は「病院単位」となっている点だ。急性期病院が満たしそうな項目が恣意的に選ばれ、「結果としてケア・ミックスの病院では指標が低く出る」との懸念である。
日医関係者も、「厚労省は唐突に急性期指標を出してきた。こんな研究段階の不完全な指標を提案すること自体が間違っている。財務当局の圧力があったのかもしれないが、最近の厚労省は迷走していると言わざるを得ない」と批判した。
波紋広げる「急性期指標」批判
だが、前出の厚労官僚OBは「既に一部の県では、この急性期指標を用いた分析が行われている」と日医の反発に首をかしげる。「中川副会長は『多面的なデータの一つだとしても、使わないでもらいたい』と厚労省側を牽制したと聞くが、急性期指標を病棟単位にする研究も進め↖られている。なぜ、日医はこの指標をこうも否定するのか、意図が分からない。地域医療構想で病床機能を再編しようと思えば、何らかの客観的データが必要である。各病院の急性期機能が明らかになって困ることでもあるのだろうか」と皮肉を込めて反論した。
自民党の財務族議員も中川氏の発言を注視している。「回復期病床が非常に不足しているという誤解も正すよう努める」と語ったためだ。「中川氏は、『急性期から引き続き同じ病棟に入院しているケースが多く、回復期の患者が追い出されているわけではない』と説明しているようだが、何を今さらという印象だ」と語気を強めた。
そして、「こうした運用がなされているからこそ、病院機能の再編をしなければならない。『新たな回復期病棟を作らなければならないという発想には、慎重でなければならない』と発言したとも聞くが本末転倒だ。中川氏の個人的な意見なのか。仮に日医としての見解だというなら、日医は安倍政権の地域医療構想に全面対決するつもりと受け止めざるを得ない」と不快感を隠さず語った。
これに対して、日医関係者は「全面対決ということではない」と打ち消しに懸命だ。
こうした見方が広がることを警戒してか、「日医内部でも地域医療構想に対する温度差の開きは大きい。それぞれ経営する病院の規模は違い、規模が小さいほど危機感は強い。横倉(義武)会長の性格からして、全ての会員に『いい顔』をしようということなのだろう。誤解を生みやすいやり方だ」と日医執行部の胸の内を推し量るように語った。
別の日医関係者も「地域医療構想に対して牽制球を投げているのは日医だけではない。大学医学部からは『大学病院のような教育、研究機関は、厚労省の示すような病床機能の分類にはそぐわないので、一般病院とは別枠で考えてほしい』との要望が出ている」と釈明する。
これについて、永田町関係者は「次期日医会長選に向けて横倉会長への対抗馬擁立の動きがある。横倉会長としては、安倍政権と対立しているようなイメージを付けられることを避けたいのだろう」と見立てる。
しかし、横倉執行部に批判的な地方医師会幹部は、これらの説明に懐疑的だ。「日医はここにきて『地域医療構想の医師版』を言い出したが、馬脚を現した形だ。将来必要となる医師数を地域ごとに、診療科ごとに推計し、行政から強制的に言われるのではなく、日医が主導する形で医師自らが地域医療を守っていこうという考え方のようだが、論点の擦り替えだと言わざるを得ない。厚労省や財務省が考える地域医療再編は『在宅医療へのシフト』による医療費の抑制が主眼であり、医師の地域偏在とは政策目的が全く異なる。こんなことで厚労省や財務省の圧力をかわせるわけがない」と切り捨てる。
「地域住民のために頑張ってきたのは、我々のような民間の中小病院だ。地域医療構想とは、突き詰めていえば我々民間病院は潰れても構わないということだ。現在の日医執行部は、さも行政の思い通りにはならないかのように振る舞ってはいるが、この段階で医師の地域偏在解消を持ち出すこと自体が、地域医療構想による我々への影響の深刻さを真剣に受け止めていない何よりの証拠だ。横倉会長をはじめ日医執行部の経営する病院やクリニックは安全地帯にいるということなのだろう。本音は財務当局と同じく『倒産する病院があっても仕方がない』ということではないのか」と辛辣に批判した。
自民党のベテラン議員は「厚労省は地域医療構想について、都道府県の権限を強化して推進しようとしてきたが、誰がみても無理な話だった。各地域の名士である中小病院の理事長や院長を相手に、病院機能の再編、転換を迫れる県庁マンなどいるとは思えないからだ。いよいよ具体的な交渉に乗り出さざるを得ないという段階となって、全ての医療関係者が少しでも自分達に有利になるように発言を始めたということだろう。ただ、地域医療構想による医療費抑制は政権としての基本方針だ。『地域医療構想の医師版』などといった姑息な話を出しても何の解決にもならない。結局は、医療機関経営者同士の力勝負となる」と言い切った。
中川氏「中医協委員外し」の思惑
地方医師会の幹部は「今の日医の政治的な発言力は大きくない。地域医療構想そのものを自分たちがリードしていくように強がってみせているが、『地域医療構想の医師版』は戦術ミスだろう。次回の診療報酬改定では、地域医療構想の推進に力点が置かれる。それよりもうまく立ち回ることだ」と語る。
別の地方医師会幹部は「中川副会長の場合、理詰めで相手をやり込めるところがあるが、要らぬ誤解と反発を招くだけで、正直迷惑だった。横倉会長は中川氏を任期満了より前倒しで中医協委員から外すことで、安倍政権への恭順の意を示そうということなのかもしれない」との見方を示した。
地域医療構想の具体的な詰めの交渉は、これから正念場を迎えるが、奇策や押しの一手は通用しない。財務省、厚労省、日医の駆け引きでは、それぞれの力量が問われることになりそうだ。
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