1. 増加する適時調査と返還金
厚生労働省は毎年度、「保険医療機関等の指導・監査等の実施状況」を発表している。平成27年度分を見ると、「適時調査」が目立つ。適時調査とその後の返還金が急増してきているのである。
指導、監査、適時調査の実施件数を見ると、前年度対比で、監査が減少し、個別指導が微増にとどまるのに対し、適時調査だけが10%近くも激増した(平成27年度の適時調査は215件増加して2562件)。
返還金は、指導・監査・適時調査の合計で毎年120億円から140億円くらいの水準で推移している。しかし、その内訳では、適時調査の増加が著しい。個別指導が45億円くらいなのに対して、適時調査は76億円にも及んでいる。
この傾向は将来的にも続くものと思われ、指導・監査対策はもちろんではあるが、今後は適時調査対策もその重要性が増すこととなろう。
2. 適時調査とは何か
適時調査とは、地方厚生(支)局長へ施設基準を届け出ている保険医療機関などについて、地方厚生(支)局が当該保険医療機関などに直接赴いて、届け出られている施設基準の充足状況を確認するために行う調査のことである。臨場による施設基準の確認のことといってもよい。当分の間は、原則として、医科(病院)のみを対象とする、とされている。
保険医療機関(病院)などについて、原則年1回、受理後6カ月を目途に実施することとされ、当分の間は2〜3年に1回という頻度とされてはいるが、実際には、人手も要るので、地方厚生(支)局としても今のところはなかなか手が回っていないらしい。しかし、今後は徐々にその目標頻度に近付いていくことであろう。
実際上も、ひと口に施設基準と言っても、具体的には、看護師の配置を手厚くすることにより算定が認められる入院基本料など約400種類もある。調査時間も概ね半日程度(約3時間)以内が標準とされ、限られているので、重点を決めて確認作業をしていく。
ただ、「情報提供及び届出又は報告等により疑義が生じている施設基準」については、地方厚生(支)局が特に重点を置くので、その気配を察したならば留意しなければならない。
3. 適時調査の関係者
適時調査の担当者は、個別指導と異なる。個別指導の場合は、診療行為に重点があるので、医系技官である指導医療官を中心に事が進む。しかし、適時調査の中心は、医師ではない。
厚生労働省保険局医療課医療指導監査室が作成した平成28年3月付けの「医療指導監査業務等実施要領(適時調査編)」によると、「当日の調査担当者」については、「原則として〔筆者注・地方厚生(支)局都道府県〕事務所等の事務官及び保険指導看護師にて調査を行う。なお、必要に応じて地方厚生(支)局の事務官も調査を行う」とあり、その中心は法令系の事務官である。せいぜい「調査内容を考慮して医学的、歯科医学的又は薬学的判断が必要とされる場合には、指導医療官、保険指導医又は保険指導薬剤師を加える」というにすぎない。
つまり、調査担当者の中心が事務官(と保険指導看護師)なのであるから、病院の側の調査対象者も自ずから、医事課などの事務職員(と看護師管理職)が中心となるのである。院長などの医師らよりも、事務職員や看護師こそが肝心となり、医療事務の習熟や労働環境の整備が大事なこととなろう。
なお、「都道府県医師会等への対応」という項目においては、「学識経験者への立会依頼」という見出しの下で、「実施に当たり、都道府県医師会等の立会依頼は不要である」と言い切っている。従って、個別指導や監査と異なり、医師会の学識経験者の立会人がいないので、それに代わって、弁護士による帯同の重要性が今後ますます高まることであろう。
4. 適時調査後の措置
適時調査が行われると、その場で直ちに口頭で講評(調査結果の伝達)が行われるのが通例である。ただし、「調査において、虚偽の届出や届出内容と実態が相違し、不当又は不正が疑われる場合には、調査を中断又は中止し個別指導又は監査の対象と」されてしまう。「この場合は、調査結果は通知」されない。
さて、通常は講評が行われて1カ月程度経つと、調査結果の通知が文書で送られてくる。指摘事項について、単に改善報告書を出すだけで済む場合は「改善事項」であるが、自主返還まで求められる場合は「返還事項」までが書き込まれてしまう。「返還事項」とは、「届出・運用の内容に適正さを欠く部分が認められ、施設基準を満たしていないものと判断されるもの」のことである。最大で5年間、過去の分に遡ることがあり得るので、自主返還によるダメージは非常に大きい。
従って、せいぜい、「届出・運用の内容に適正さを欠く部分が認められるものの、施設基準の状態の維持には特に問題がないもの」という「改善事項」のレベルにとどめられるよう、つまり、自主返還にまでは至らないように、常に留意しておくことが肝要である。
5. 適時調査のこれから
以上、述べてきた通り、適時調査の比重は今後さらに高まっていくことであろう。
しかし、対応を一歩間違うと、自主返還金額の巨額さから、病院経営自体まで危うくしてしまいかねない。それだけでなく、過去には、適時調査をきっかけに監査に移行して、果ては保険医療機関指定取り消しの行政処分に至ってしまったケースすらも存在する。
法的な性質からすると、任意の調査や指導にすぎないものであり、その法的根拠も薄いものであるとはいえども、現実的な機能からすると、その威力は絶大であると評し得よう。
現在では、医療事務の充実、労働環境の整備、そして法的対応のノウハウの蓄積が各病院に要請されているのである。
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