「骨太の方針」から消えた公定価格抑え込み策
6月9日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2017」(骨太の方針)の薬価関連の項目から、最大の焦点だった公定薬価を抑え込む「参照価格制度」を思わせる記述が抜け落ちたことで、18年度の薬価制度改革の全体像が見えてきた。薬価の「毎年改定」といった他の大玉は昨年末、既に方向性を示し済み。製薬業界からは「懸念していたほどの激変はないだろう」(外資系幹部)との安堵の声も漏れてくる。
新たな患者負担に厚労族らが反発
骨太の閣議決定を3日後に控えた6月6日。骨太の方針の素案を俎上に乗せた自民党の政調全体会議では、薬価に絡む表記に厚生労働族議員が噛み付いた。とりわけ族議員が問題視していたのが、素案にあった「長期収載品の後発品価格を超える部分の原則自己負担化、後発品価格までの長期収載品の薬価引き下げについて検討し、本年末までに結論を得る」との一文だ。新薬と後発薬の差額を全額自己負担とする、あるいは新薬の価格を後発薬と同じ水準まで引き下げるという、参照価格制度(医療保険から支払われる薬の「参照価格」を定め、その価格を超える分は患者が自己負担する仕組み)と類似の内容だった。
骨太の素案は全43ページ中、薬価関連に1ページ以上を割いていた。異例の「厚遇」だ。6日の党政調全体会議で渡嘉敷奈緒美・厚労部会長は、「ここまで薬価に力を入れて頂くなんて」と皮肉った上で、「参照価格の導入は行き過ぎだ」と異論を唱えた。会議終了後、渡嘉敷氏は前厚労相の田村憲久・政調会長代理、後藤茂之・政調副会長と文言を詰め、最後は当該の一文を丸々削除することで決着した。
フランス、ドイツで導入されている参照価格に似た制度改革案は、骨太の素案に先立って厚労省が5月の段階で社会保障審議会医療保険部会などで示していた。だが、差額を自己負担とする案には、多くの委員が「患者負担をこれ以上増やすのか」などと反対していた。医療費を支払う側の白川修二・健康保険組合連合会副会長でさえ「後発品価格が高止まりして長期的には薬剤費が変わらないか増加する」との海外の調査事例を挙げ、「後発品使用の努力をしている中で、新たな患者負担に納得を得られるだろうか」と慎重論を展開していた。
15年度の公的医療保険と税金、患者の自己負担を合わせた医療費は41・5兆円に上る。医療費のうち薬剤費は約2割を占め、政府は薬の公定価格引き下げに躍起となっている。
こうした中、昨年になって高額な抗がん剤・オプジーボの薬価が話題となったことが政府の背中を押し、今年の骨太の方針で薬価制度を大きく扱う要因となった。昨年11月25日の経済財政諮問会議では菅義偉・官房長官が「鉄は熱いうちに打て」とスピード感をもって薬価引き下げを断行する考えを表明。この間、政府はオプジーボの薬価を特例で半額に引き下げる方針も打ち出した。12月20日には菅氏、麻生太郎・副総理兼財務相、塩崎恭久・厚労相、石原伸晃・経済財政担当相が、原則2年に1度の薬価改定の頻度を毎年に変更することを柱とした「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」を決めた。
基本方針に基づく検討事項は、①一部高額薬の薬価引き下げを制度化②毎年改定する対象の医薬品の選定基準③後発品薬価の見直し④新薬創出加算の見直し⑤後発薬がある新薬の価格見直し⑥費用対効果の高い医薬品の評価——などが中心となる。議論の舞台は中央社会保険医療協議会(中医協)の薬価専門部会で、関係業界からのヒアリングなどに入っている。
薬価制度改革を巡り、参照価格制度と並んで関係者が関心を抱くのが④の「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」の行方。画期的な薬を開発した製薬企業へのご褒美の加算だ。ただ、財務省は「加算の廃止」を強く主張し、製薬業界は懸念を拭えないでいた。
新薬創出加算廃止無くなり業界安堵
それが骨太の方針では「革新性のある医薬品に対象を絞る等により革新的新薬創出を促進しつつ国民負担を軽減する」という表記にとどまった。「ゼロベースでの見直し」との表現こそ残ったものの、製薬業界団体の幹部は「少なくとも廃止は免れたと受け止めている」と言い、ホッとした表情を浮かべる。
他の項目を見ても、①の一部高額薬の薬価引き下げ制度化はほぼ結論が出ているようなものだ。効能が加わり、想定より市場が広がったオプジーボは特例で半額にしたが、同じような高額薬に関しては年4回、薬価引き下げの機会を設けることが既に昨年末の基本方針で示されている。残る課題はどんな薬を対象にするか。厚労省幹部は「オプジーボのような薬はそうそう開発されない。該当する薬は数えるほどだろう」と話す。
③の後発薬については、新薬の50%という価格基準のままでいいか、などが検討されるが、後発薬の価格見直しは半ば恒例行事化している。⑤は後発品が発売されたにもかかわらず、売れ続けている新薬の価格をどう引き下げるかが検討課題。しかし、これも5年間引き下げを猶予している今の仕組みについて、猶予期間の短縮の是非を議論する程度に終わりそうだ。また、⑥についても既に費用対効果の導入は決まっている。
こうして見てくると、残っているのは②くらいとなる。18年度は通常の改定時期であり、政府は19年度から「毎年改定」に着手することを視野に入れている。毎年、医薬品の実勢価格調査をした上で、公定薬価と市場価格の乖離(差)が大きい医薬品を対象にすることは昨年末に決着しており、残る焦点は「乖離が大きい」とはどのくらいの差を指すか、そして、乖離の幅を「率」でみるか「金額」で見るか——といったところだ。
しかし、乖離の幅に関しては塩崎厚労相が「率」で見ていく考えを示唆している。具体的な数字に関しては、「乖離率の高い上位3割」といった案が囁かれている。
他に検討されるのは、薬価算定の根拠をどう明確化するかや、算定経過の透明性をいかに高めるかといったこと、米、英、仏、独の4カ国の薬価を参照して公定価格を決める外国平均価格調整の見直し程度だ。外国平均価格調整に関しては、平均値の算出から米国の価格を除外するよう求める声が強い。公定薬価の無い米国のリストは業者の希望価格となっている上、実勢価格の把握も難しいためだ。厚労省は現在、米国の価格を対象外とした場合の影響などを調べている。
政府が薬価引き下げの切り札と位置付ける毎年改定も、製薬業界の価格防衛による「薬価高止まり」が懸念されている。薬価制度に詳しい業界関係者は「昨年末の基本方針が謳う『抜本改革』にはほど遠い内容になりかねない」と漏らす。菅官房長官は周辺に「必ず抜本改革をやり通す」と力説しているものの、東京都議選での自民党惨敗が、これまで絶大だった官邸の威光に暗い影を落としている。
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