会場の患者からは失望と怒りの声が噴出
「いったい何をしたら認めてもらえるのか」。そう呻いたのは、10年以上前に腎臓移植を受けて命を救われたという男性だ。
厚生労働省で3月16日に開かれた「先進医療技術審査部会」で、東京西徳洲会病院が先進医療としての実施を申請した「病気腎移植」が審議された。当日配布された資料は「条件付きで認める」となっていたにもかかわらず、会議では「現時点で↘は認めることが出来ない。継続審議とする」という結論に急遽、差し替わった。諸外国に比べ脳死移植が極端に少ないのに、高齢化に伴い腎不全で移植を必要とする患者は増加する日本。徳洲会関係者は「こうしている間にも、移植を待つ患者は亡くなってしまう」と焦りを募らせる。
「病気腎移植」の名前が最初に問題となったのは、日本初の臓器売買事件に端を発し、バッシングにつながった宇和島徳洲会病院事件。全国紙記者が振り返る。「事件が発覚したのは、慢性腎不全の知人男性に腎臓を提供したという人が、『臓器を提供したのに金を返してくれない』と愛媛県警に相談したことがきっかけ。男性は宇和島徳洲会病院泌尿器科の万波誠医師の患者で、親戚に腎臓を提供してくれる人がいなかったため、借金の相手先に腎臓を提供してくれたら上乗せして返す、と約束した。ところが、金が支払われなかったため、トラブルとなった」。
相談をきっかけに、県警は日本初の臓器売買事件を立件。捜査の過程で、万波氏が腎がんなどの病気になった腎臓を摘出、別の患者に移植する「病気腎移植」を10例以上行っていたことが発覚。万波氏は会員で無かったが、日本移植学会の指針を破ったこの治療に、学会は猛反発。患者への説明は正しく行われたか、↖がんの再発や感染症の危険はないのか、と様々な疑問が出された。
徳洲会側は倫理面の疑問にも最大配慮
マスコミも学会という〝権威〟に乗っかり、「愛媛の病院で怪しげな医療が行われていた」とバッシング。厚労省も、病気腎移植は通常の保険診療に当たらないとして診療報酬の返還を求め、臨床研究以外での実施を禁止する騒ぎとなった。逆風の中でも万波氏は信念を曲げず、その強烈な個性も相まって「犯罪者のように扱われた」(徳洲会関係者)。一方で、万波氏を支持する患者らは患者会を結成。「先生は悪魔でも変な医療をした人でも無い。ただの患者思いの先生なんです」と庇った。
患者だけではない。病気腎移植の是非については、当初から「意味がある」とする意見が専門家の間から上がっていたことも事実だ。
賛否渦巻く中、同病院は騒動から3年後の2009年、臨床試験として病気腎移植を再開。さらに、入院や投薬など通常の診療部分に保険診療が認められる先進医療としての実施を求めて、厚労省に申請した。
厚労省担当記者によると、先進医療として実施可能かどうかを判断するのは厚労省の先進医療会議だ。ただ、実際にはその手前で技術審査部会が開かれ、ここで問題無いとされたものだけが先進医療会議にかけられる。「技術審査部会では、厚労省が窓口となり、事前に部会の委員と医療機関が様々な協議をする。委員からの疑問に医療機関が答え、やり取りの中から委員は内容に問題がないかを判断していく」(担当記者)。
徳洲会病院もやり取りを繰り返し、委員の様々な問いに答えてきた。一度は申請を跳ねのけられながらも再度、内容を変えて申請。そして、その再申請の2度目の審査が冒頭の3月16日に行われた会議であった。
「当初は宇和島徳洲会病院が申請医療機関だったが、万波氏は手術の腕はピカイチだが、臨床に力を入れているため専門医などの肩書で劣る。そのため、協力して病気腎移植を進める東京西徳洲会病院が申請主体となった」(徳洲会関係者)。それだけではない。病気腎として全摘出する腫瘍の大きさも当初の計画よりも小さく申請し直した。「腹腔鏡手術が進み、昔は全摘出となった腫瘍も、部分切除で済む事例が増えているから」(日本移植学会幹部)だ。
なお、宇和島徳洲会病院が臨床研究として重ねてきた症例では、当初心配された移植後のがんの再発はみられていない。海外で行われた事例などの論文データもおおむね良い結果であり、移植学会も昔ほど強硬な反対は出来なくなっている。ある学会幹部は「安全性の面では一定の結果が出ており、問題は倫理面に絞られた。一部切除で済む患者に『切ってしまえば再発の不安はない』などと全摘出に誘導していないか、そこを慎重に見る必要がある」と語る。
徳洲会側は、こうした倫理面の疑問にも最大限配慮。事前のやり取りで疑問は出尽くし、3月の部会では承認されるのがほぼ間違いないとの感触だった。そのため、部会には徳洲会関係者や患者らが遠く愛媛などから傍聴に訪れた。「喜びを分かち合うため傍聴に来たのに、蓋を開けてみれば継続審議。会場には失望と怒りの声が噴出した」(担当記者)。
高齢患者に待てる猶予は無い
部会を傍聴した記者によると、部会で問題視されたのは、徳洲会病院の倫理審査委員会構成メンバーの1人が、先進医療の計画の一部に携わる人間だったことや、治療が安全に行われているかをきちんと判断出来る体制が不十分という点。いずれも事前に調整しておけばクリアできた内容だ。さらに、一度摘出した臓器を修復して再び戻す「自家腎移植」は選択肢にならないのか、といった〝机上の空論〟まで飛び出した。「血管が複雑に入り組む腎臓は、部分切除した後の縫合が難しい。まして、一度体から切り離したものを短期間で戻すのは無意味だ。全摘は腹腔鏡では出来ず、二度も切ったり縫ったりを繰り返す大手術では体の負担が大き過ぎる。全摘か部分切除か、二択なのは世界の常識」と徳洲会関係者。そもそも自家腎移植は出来ないのかという議論は病気腎移植が問題になった10年前にも行われており、「とっくに決着が出ていると思っていた」(同)という。
厚労省担当記者は言う。「病気腎移植が先進医療で認められるということは、国がこの医療にある程度お墨付きを与えるということ。認められたら、万波医師以外にも追随する医師はいるのではないか」。
こうした動きをアカデミアも警戒していると見る向きもある。移植以外に方法がない末期の腎不全患者を診る日本腎臓学会は当初から病気腎移植に大きな反対はしていないとされる。保険財政が厳しいとはいえ、先進医療に認めたところで病気腎移植は実費で行われるわけで、さして医療費が増えるとは思えない。海外での病気腎移植の実績がそう増えていないといっても、そもそも脳死移植が少なすぎる日本とは状況が違う。
「もう6〜7年もずっと同じようなことを繰り返している。これは国や学会によるいじめではないか」と徳洲会関係者。腎移植を待つ患者の多くは高齢だ。国の判断をいつまでも待てるほどの猶予はない。
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