はじめに言葉ありき、ではなかったのだろう。
原始の人類社会では狩猟や農耕といった、集団が結束して行動する共有志向性が充満した社会が営まれていた。
後に、付随的なものとして、身振り手振り、そしてそれが進化して言語が生まれたのではないだろうか(認知心理学者のマイケル・トマセロ)。
壮大な都市遺跡を築いた古代文明の多くは文字を残さなかった。
言葉にしろ文章にしろ、概念や事象の言語化を必要としないで人々は理解し合い、協働し、社会は発展していった。
非言語的伝達手段、テレパシーというべきか、コンティンジェント・システム(生物学者、人類学者の故ライアル・ワトソン)がこれに当たるのだろう。
洗練された人間集団は言語や文章に因らずとも、個々の脳が同期して、あるいは繋がって、いや、一体化して物事に当たることが出来るのだ。
それを実証するのが、我が国のお役人様集団だろう。
これは皮肉ではない。「人間とは何か」という霊長類研究の純粋な問いに、一つの答えを与えてくれる格好の研究対象ではないかと思う。
文部科学省の天下りシステムは誰が立案し、実践するように指示したのか、全く分からずじまいだと聞く。
合議するでもなく、マニュアルを作るのでもなく、言語化一切なしに、緻密に狡猾なシステムは出来上がったのであろう。
防衛省や財務省の重要資料の廃棄や事実の隠蔽、国有地払い下げ9割引きについてもしかりである。真相解明など時間の無駄である。
巨大な「こっくりさん」で決めたことなのだから。
こういった現象は中央省庁に限らず、社会の至る所で共有志向性の充満した良質な集団では、普通に観察される現象だろう。
今年の流行語大賞は「」で決まりだ。
権力のベクトルを瞬時に判断し、個々のコミュニケーション一切無しで自律的に行動する。
権力者の顔色を忖度して原発事業を推進する会社。強国の意向を忖度して核兵器禁止の国際会議に出席しなかった情けない被爆国もある。
組織内での連携無き連携、接触無き一体化、完璧なまでの共通認識と共通価値観——。究極の社会的知性、そしての呼吸の極致である。
人間力無くして忖度はなし得ない。忖度こそ人間が人間たる、社会性知能の極致、人間ならではの知力なのである。
「忖度の星」「忖度のライオン」「クラウド忖度」「忖度の騎士」などの人気マンガも登場しそうだ。
通信教育で取れる「忖度アドバイザー」の資格も人気が出るだろう。
忖度をその場で指南してくれるスマホ・アプリの「忖度くん」もダウンロードされまくるに違いない。
それにしても、太古から人類はどのようにしてこの能力を進化させてきたのだろう。
そして、個体はこの能力をどのようなプロセスで獲得していくのだろうか。この能力は種の保存の観点から、どのような意味を持っているのだろうか。
日本の大企業では、この辺りの能力は組織の「たこつぼ化」を促すタナトス的因子として働いているようだが……。
霊長類の進化生物学的観点からの興味は尽きない。
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