安倍晋三首相の政権運営に手詰まり感が漂っている。森友学園問題追及の矛先をかわし、「小池新党」の出鼻をくじこうと模索した「4月衆院解散」はあえなく消滅。代わって、「衆院選と東京都議選のダブル選挙」や「内閣改造」が囁かれているが、いずれも大義名分がなく、党利党略丸出し。苦し紛れの奇策が浮かんでは消えている。
自民幹部が嘆く「政権女難の相」
「女性の活躍を一生懸命後押ししてきたら、女難に見舞われた。新たな時代の試練だと思って耐えてきたが、ポカをやる馬鹿がやっぱり出てくる。政権ボケというか、全体に緩みが出てきている。このままではまずい」
自民党長老は、盤石のはずの安倍政権に「歪み」が生じていると語る。小さな「歪み」だが、放置すれば政権の命脈に関わる。その微妙な力学を多くの自民党議員が気付かない。それが大問題だという。
女難とは、東京都の小池百合子知事の躍動、次代の首相候補として抜擢したはずの稲田朋美防衛相の相次ぐ失態、森友学園のみにとどまらない「私人」昭恵夫人の諸問題などを指す。確かに今年前半、政界は女性絡みの話題が尽きない。
自民党幹部が解説する。
「女難の第一は小池知事だ。『都民ファーストの会』は都議選を足がかりに国政進出を目指している。小池人気を考えれば、その影響はかなり大きい。そこで、小池新党の準備が出来ないうちに衆院解散に打って出る戦略が練られた。それが『4月解散』だった。ところが、稲田防衛相や昭恵夫人の名前が出てきて、森友問題が泥沼化。国民に『疑惑隠し』と取られかねない早期解散は難しいとなった」
4月解散にはもう一つの狙いがあった。
衆院「1票の格差」是正に伴って導入される「新区割り」を避けられることだ。新区割りを決める区割り改正法は今国会での成立が見込まれている。秋以降になれば、新区割りによる衆院選になる。影響を受けるのは大都市を中心に100選挙区にも及ぶ。候補者の多い自民党が調整に手間取るのは必至で、「国替え」を巡る党内の紛糾も予想される。
4月解散には、疑惑封じ、ライバルとなる新勢力への、さらには身内の混乱防止という党利党略があったのだ。
面白いのは、この「4月解散」を巡り、朝日新聞が「首相、来年秋以降の解散探る」、産経新聞が「解散風『4月選挙』も」と1面記事で全く異なる記事を掲載したことだ。
解散時期に関する報道は、政治記者にとって最重要事項の一つである。憶測を交えた政局展望で週刊誌などが書くことはあるが、大手新聞でこれだけ内容が異なる1面記事が載ったのは、異例のことだった。
朝日の根拠は「次の衆院選では野党共闘が進み、自民党は30前後の議席を失う可能性がある。総裁選前の解散にはリスクが伴う」という自民党幹部の分析とされている。安倍首相に近い産経は、政権幹部からのリークとみられている。
自民党幹部が語る。
「4月解散は念頭にあった。だから、産経は間違いではない。ただし、党内には、4月解散の負の側面を懸念する声もあった。朝日が書いた衆院選で議席を減らすリスクよりも、森友問題に大多数が不信感を持っている状況での解散では、国民から信用されないとの心配が大きかった」
政府・与党内で政局の見立てが分かれており、産経へのリークは世論状況を見定めるための「観測気球」だったようだ。産経は後日、「疑惑隠しとの批判を避けるため4月解散を断念」と報じ、4月解散は露と消えた。
リークの背景にあるのは政府・与党の不安感だ。森友問題だけでなく、稲田防衛相、金田勝年法相らの不安定な答弁で後半国会は守勢一色。都議選は「どの程度の減少でとどめるかの戦い」となっており、政権浮揚の材料が見当たらないからだ。
野党幹部が指摘する。
「秋にはトランプ米大統領の来日など外交日程が詰まっている。4月解散が無くなったことで、年内解散の可能性は少なくなった。安倍首相の解散戦略は選択肢が狭くなっている。手詰まりだな。国会運営も『テロ等準備罪』を巡って、公明党との擦れ違いが生じている。最近、安倍首相のイライラが目立つのは先々が見通せなくなったからじゃないか」
イライラは閣僚に伝播した。
今村雅弘復興相が、東京電力福島第1原子力発電所事故による自主避難者への対応を巡る記者の質問に逆切れし、「出て行きなさい」「うるさい」と暴言を吐いたのだ。醜態はすぐにテレビ放映された。自民党長老が憤慨したのは、今村氏が自主避難から帰還出来ない人への対応を問われた際に「本人の責任、判断だ」と投げやりに応じたシーンだった。
「あれじゃ、今まで一生懸命やってきたことが全部台無しじゃないか。閣僚の軽率な言動が、どれだけ政権にダメージを与えるのか分かってんのか、あの馬鹿」
実は、消えた4月解散には閣僚の入れ替えというおまけが付いていた。省内を全く掌握出来ず、マティス米国防長官からも駄目出しされた稲田防衛相、「テロ等準備罪」新設という重要法案を抱えながらまともな答弁が出来ない金田法相らを衆院選を機に取り替える算段だったのだ。自民党内には依然、内閣改造を期待する声が多いが、これも容易ではない。
「後半国会には天皇陛下の意向を踏まえた退位に関する法整備などが控えている。そのさなかに閣僚を交代させるのは難しい。やれば、野党はそれ見たことかと勢いづき、任命責任を厳しく問われるだろう。今はじっと我慢するのが最善なんじゃないか」(与党幹部)。
衆院・都議ダブル選挙の虚実
政権に漂うもやもやを一掃するサプライズとして浮上したのが「衆院選と都議選のダブル選挙」だ。背景には、公明党が都議選で小池新党と選挙協力を結んだことがある。安倍首相は二階俊博幹事長と「自民単独の力を試すチャンス」と、公明抜きで都議選を戦う覚悟を決めている。理屈で言えば、ダブルを嫌がる公明党に義理立てする必要は無くなった。ダブルなら、小池新党の機先を制することも出来る。
一見、妙手とも思えるのだが、全国の小選挙区でそれぞれ2万票を持つ公明党の協力無しに当選出来る自民党議員は限られている。自公協力解消なら30〜40議席減との試算もあるのだ。二階幹事長は次期衆院選について「自民単独で戦おうという気持ちで準備している」と勇ましいが、これも公明党へのブラフの印象が強く、現実味は乏しい。春は過ぎ、政界の潮目はじわじわと変わりつつあるようだ。
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