GNH(国民総幸福量)
ブータンを世界で一躍有名にしたのは、このGNH(Gross National Happiness)、すなわち国民総生産(GDP)より「国民総幸福量」という言葉といっても過言ではないだろう。GNHはブータンの第4代国王の、ジグミ・シンゲ・クンチュクが1972年に提唱した。
2005年の国勢調査で、97%の人が幸せと答えたとされるブータンであるが、この時の質問項目については問いが「あなたは今幸せですか」であり、回答が「とても幸せです」「幸せです」「あまり幸せではありません」の3種類であったことが批判されもする。
しかし、ブータンにおけるGNHの概念は、その後進化を遂げている。ブータン王立大学(Royal University of Bhutan)のKinzang Lhendup教授(米国コロラド州で修士取得)によれば、まず、GNHはGDPと対立した概念ではなく、その国の文化や環境が侵されないように経済発展していく道だという。
具体的には、①経済成長と開発②文化遺産の保護と伝統文化の継承・振興③豊かな自然環境の保全と持続可能な利用④良き統治の四つを柱として、国民の幸福に資する開発の重要性を唱えている。国家の方針は全て、GNH委員会の下で、GNHを上昇させることを主眼に行われており、仮に経済成長を行う政策であってもGNHを損なうようであれば採用されない。
また、人口が少ないことを悪とせず、逆に人を大事にすることが出来るという視点で見ている(実際、私が視察に行った時にも一度ビザを取得し、入国してからは非常に手厚かった)。
どうしてGNHの概念が出来たのかというと、1970年代から80年代にブータン人が自国民としてのアイデンティティーを失いかけてきており、伝統も守りつつ国民のアイデンティティーを守ろうとしたことから始まる。
森林が減っていることに対し、植樹を奨励し、6月2日には全ての国民が植樹をしている。殺生を禁じている宗教上の理由と、資源保護の観点から、川で魚を取ることを禁じている。また、煙草は販売されておらず、吸うには許可がいる、さらに、アルコールにも制限を加えようとしたりするなど、極端に思える部分もあるが、ブータン人がどのように対応していくのかを注視したい。
一方、ブータンでは男性が数人の姉妹を妻にする一夫多妻や、女性が数人の兄弟を夫にする一妻多夫が続いてきたが、最近では悪霊を退散させるシンボルとして太古から、家の壁面に描かれてきた男根とともに、都市ではこのような習慣は無くなっている。
医療の状況と伝統医学
ブータンの場合、高度な西洋医学はあまり進んでいないと言わざるを得ない。
ブータンでは、社会保障重視の視点で、医療サービスは政府の5カ年計画に基づいて国により運営され、全ての国民に無料(一部、個室料金やJDWNR病院の特別専門医外来、私立診断センターは有料)で提供されている。ただ、歯科治療材料や薬剤が高額な場合には有料になる。要するにサービス部分は無料でも高額な輸入品は有料となっている。
ティンプーのJDWNR病院が国内医療機関の頂点となって、全ての下位医療機関からの紹介患者を受け入れている。また、容易にJDWNR病院まで受診できない遠隔地からの遠隔医療相談も行われている。ただ、病院数が不足しているので、外来での待ち時間が長い。
ブータンでは、国土を3地域(西部10県、中部4県、東部6県)に分け、それぞれの地域に紹介先の3次医療の病院が指定(西部:JDWNR病院、中部:Gaylephug病院、東部:Mongar病院)されている。
これらの3次医療機関の下には、20ある各県にそれぞれ医師が数名ずつ配置された県病院(District Hospital)が原則的に少なくとも一つ(国内合計で約30施設)あり、また医師と看護師、Health Assistantが配置されたグレード1基礎保健所(Basic Health Unit 〈BHU〉1)も加えて、地域医療の最前線を担っている。
これら以外に、各県内それぞれ数カ所にHealth Assistantのみが配置されているグレード2基礎保健所(Basic Health Unit(BHU)2)が合計で約200施設設置されており、簡単な診療や出産、小児の定期予防接種、各種保健指導などを含むプライマリケアを提供している。
さらに、BHUの下には、それぞれ複数のOut-reach Clinic (ORC)と呼ばれる出張診療所も設けられている。つまり、プライマリケア、2次医療、3次医療の3層構造で計画的に医療が提供されている。これは多くのアジアの国の考え方に似ている。平均寿命は67.89歳(2012年)と低く、乳児死亡率は1000人当たり27.2人(2015年)と高い。
ブータンの医療機関では、伝統医学科も内科や外科などの西洋医学による診療科と同様に確立していることが特徴である。伝統医学の大学(写真)では、日本でいう東洋医学に近い考え方を持っているようで、脈診・問診・視診・検尿で診察する。薬剤も漢方薬が多用されている。
また、伝統医学こそがプライマリケアを担っているという意識が強い。日々の健康のための予防も熱心である。例えば風呂は、石焼風呂に入るという。これは、河原で木の湯船に水を張り、熱した石を入れて作った風呂に入っていた習慣から来ている。石のミネラル成分が関節の痛みや肌の病気に効くと言われていた。最近では、肌の荒れや傷を癒やすという「よもぎ」も入れている。
まとめ
詳細の検討は出来なかったが、経済成長率が5.5%、インフレ率が8.2%(ともに2014年:世銀資料)となっており、ブータンでも都市における消費文明と、地方を中心にした伝統文明のコンフリクトがあるという。この辺りをGNHの概念でどのように解決、統合していくのかが今後のブータンの課題と言えるであろう。
参考文献
・http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/asia/bhutan.html
・http://www.travel-to-bhutan.jp/plan_your_trip/
・http://bhutan-npo.asia/index.php/ja/educationinjapanese
・根本かおる『ブータン——「幸福な国」の不都合な真実』(2012年、・河出書房新社)。
・平山修一『現代ブータンを知るための60章 エリア・スタディーズ』(2005年、明石書店)。
・西岡京治、西岡里子『ブータン神秘の王国』(1998年、NTT出版)。
・本林靖久、高橋孝郎『ブータンで本当の幸せについて考えてみました。
・「足るを知る」と経済成長は両立するのだろうか?』(2013年、CCCメディアハウス)。
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