虚妄の巨城 武田薬品工業の品行
「やはりこうなってしまったか」——。
武田薬品の湘南研究所(神奈川県藤沢市)について、以前から芳しくない噂を聞かされていた業界関係者は、『日本経済新聞』の1月14日付朝刊を読んで、改めて武田の研究部門の現実を知ったに違いない。
「武田薬品、湘南の研究員を3分の1程度に」という見出しのその記事は、国内大手医薬品メーカーとしてはあまり例の無い、研究部門のドラスティックな縮小について報じていた。
「米国拠点への異動やグループ会社への転籍、退職などで、現状の1000人から300〜4000人に減る見通し。再編に要する費用として2016〜17年度の2年間で750億円を計画し、業績予想には織り込み済みだ」——。
もともと、武田独自の開発実績は、以下のように失敗・撤退の連続だった。
① 2014年6月、日米欧で臨床第3相試験を実施した転移性・去勢抵抗性前立腺がん薬「TAK‐700」の開発中止。
② 2015年2月、臨床第2相試験を終了していたTAK‐361S(沈降精製百日せきジフテリア破傷風ワクチンにセービン株不活化ポリオワクチンを混合した4種混合ワクチン)を開発中止。
③ 2016年1月、臨床試験(治験)に入っていない初期段階の糖尿病治療薬を始め肥満関連治療薬について、新薬研究プロジェクトが中止。
④ 2016年10月、細胞培養季節性インフルエンザワクチン「TAK‐850」の開発中止——。
既に③の段階で、以後はがんと消化器、中枢神経の「3分野に経営資源を注ぎ、画期的な新薬開発を目指す」(『日本経済新聞』1月24日付)とも報じられたが、依然、さしたる好材料は見出せていない。
このうち、がんと消化器に関しては米国の「研究拠点」に開発を移し、湘南研究所は中枢神経の開発に集中するようだが、武田独自の研究体制が今後、どこまで成果を挙げるかは、全く未知に等しい。
こんなゴタゴタを続けている間にも、武田の地盤沈下は休みなく進行している。
武田を追う第一三共の勢いが加速
抗凝固剤「リクシアナ」をはじめ、主力商品が好調な第一三共の社長兼COO(最高執行責任者)に4月1日付で就任する眞鍋淳氏は、業界紙のインタビューで「近い将来、国内ナンバーワンを目指す」として、国内医療医薬品の売上高でトップに立つ抱負を宣言している。
既に、各社の決算資料を元にした17年3月期業績見通しでは、武田は売上高でこそ約1兆7000億円と業界トップを維持し、第一三共の約9500億円に比較し優位を保っているが、営業利益は約1350億円。第一三共は約1100億円だから、ここで近く武田を追い抜くことは非現実的では無くなっている。
ちなみに、アステラス製薬の営業利益は約2670億円(売上高は1兆3000億円)で、武田はいまやその半分近い水準に転落しているのが現状だ。将来、武田の営業利益は不振から抜け出せないまま業界3位に転落し、誰も「業界の盟主」扱いをしなくなる日が来てもおかしくない。
だが、武田と言えば近年、会長の長谷川閑史が主導してきた「グローバル経営」が看板だったはずだ。長谷川は14年にスイスのダボスで開催された世界経済フォーラムに出席した際、「事業のあらゆる側面において武田を真に世界的競争力を持つ企業へと変貌させることが当面の戦略だ」と強調している。
さらに、当時、長谷川が後継社長としてフランス人のクリストフ・ウェバーを指名したことについて「そのためには全ての重要なポジションでグローバルスタンダードに適した人材が必要だ」からと説明していた(『ロイター』14年1月24日配信記事)。
だが、長谷川は今や、「世界的競争力」や「グローバルスタンダード」を云々する前に、国内業績のこうした体たらくについて釈明すべき時期に来ている。そんな折に、新薬開発の拠点とされたはずの湘南研究所をここまで弱体化させて、どうやって国内での巻き返しを図るつもりなのか。
長谷川の思惑は単純だ。要するに、有望な商品を抱えているか、あるいは抱える可能性のあると思われるめぼしい外国企業に対し、貪欲にM&A(企業の合併・買収)を仕掛けることに尽きる。大型の自社開発製品がほぼ底を突いて、「後期開発パイプライン枯渇」という武田が抜け出せない弱点を生み出しているからだが、それを長谷川が以前から口にしている「グローバル経営」とやらで、カバー出来るものなのか。
「高値づかみ」に陥る悪循環
長谷川が先鞭を付けた米ミレニアム(約8900億円)やスイスのナイコメッド(約1兆1200億円)の巨額買収は、本誌前号で報じたウェバーによる米アリアド(約6300億円)を含めると、投じた買収費用と回収(予想)益の比較からして、明らかに「高値づかみ」という点で共通している。同じことはアステラス製薬や第一三共等の競合他社について言えなくもないが、武田の場合、額が飛び抜けて高い分、マイナスの影響がより深刻となる。武田の近年の営業利益の不振ぶりには、このような類を見ない高額の買収費用が影響しているのだ。
では、なぜ「高値づかみ」に陥ってしまうのか。もともと、激しさを増す世界的規模の医薬品メーカーの競い合いで、買収できる有望な企業は時間がたつごとに限られてきているが、武田自身による研究開発能力のそぎ落としが、そうした企業の将来性を見極める能力を低下させているからに他ならない。
かといって、「後期開発パイプライン枯渇」という問題を抱えている以上、ともかく期待できる商品を持つ企業を買収しないことには先が持たない。そのため、時間的余裕がないまま手っ取り早く自社の製品を揃える必要から、法外な「高値づかみ」に陥ることになる。こうした悪循環は、明らかに長谷川の経営者としての無能が招いた結果だろう。いかに長谷川が「世界的競争力」を誇示したくとも、「業界の盟主」の座すら守れないならば、いずれ何の説得力もなくなるのは目に見えていよう。 (敬称略)
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