病床転換に反対なら官邸は日医外しにシフト
「病院経営者たちは『自主的な病床転換を促す環境づくりを』と主張するが、彼らの理想論を聞いていたのでは再編は進まない。診療報酬で誘導していくしかない」
地域医療構想について、財務官僚の1人は苦々しい表情でこう語った。
地域医療構想とは、都道府県ごとに将来の医療需要を推計し、病床の機能分化と連携を図る計画のことである。安倍晋三政権は医療保険改革の大きな柱として位置付けており、2018年度の診療報酬改定では同構想の推進に向けて診療報酬による後押しが大きな焦点となっている。
病床転換で医療費削減狙う官邸
ところが、入院医療に関する議論が実質的にスタートした1月25日の中央社会保険医療協議会(中医協)では、診療側委員を中心に牽制する動きが見られた。
厚生労働省が急性期の医療需要が減少傾向にあることを報告したところ、日本医師会(日医)などから「厚労省の資料で地域医療構想という言葉が多いのが非常に気になる」「診療報酬と病床機能を絡めて議論するのは時期尚早」などと診療報酬による誘導を嫌う声が飛び出したのだ。
冒頭の財務官僚は「18年度の診療報酬改定が地域医療構想と切り離せないことは、誰もが分かっている前提だ。今頃、中医協で『診療報酬で誘導する意味か』などと質問するのは、日医が安倍政権に喧嘩を売っているとしか思えない」と不快感を隠さなかった。
医療政策に詳しい首相官邸関係者は「中医協の診療側委員の意見をリードするのは日医だが、とりわけ強硬姿勢を見せるのが中川(俊男)副会長だ。『地域医療構想とは医療機能の過不足を直すものではない』との理屈で押してくる。地域医療構想とは『不足している病床機能を手当することとなり、高度急性期、急性期、回復期、慢性期のいずれを選択しても病院経営が成り立つようにならなければいけない』という考え方だが、政府の基本方針とは相容れない」と切り捨てる。
厚労省OBも「誰がどう分析したって急性期病床は過剰だと言えるだろう。一方で、回復期病床は圧倒的に不足している。しかし、日医内にはこれを認めようとしない勢力が少なからずいるようだ。『急性期病床には回復期の患者が入り込む余地があり、病棟単位の病床機能報告制度のデータは当てにならない』との理屈を持ち出し、『だから、医療機関の自主的な判断で病床機能を選択させろ』と主張するのだが、どうみても屁理屈だろう」と批判する。
「医療機関はそれぞれの成り立ちに違いや歴史的な経緯があり、その役割を見直そうにも一筋縄ではいかない。地域の医療機関同士の話し合いによる解決を待っていたのでは、かなりの時間を要するだろう。そうする間に高齢化は進み、社会の変化のスピードに追い付けなくなる」との指摘だ。
病床機能の再編について、永田町関係者は「団塊の世代の高齢化に伴って医療費の急激な膨張が予測されている。その抑制について決定打を持たない安倍政権にとって、病床の転換による削減効果への期待は大きい。官邸サイドも引くに引けないところだ」と背景を説明する。そして、「日医があまりに政権と離れた主張に固執するならば、官邸幹部も日医外しへとシフトせざるを得なくなるだろう」と解説する。
別の政界関係者は「昨年末、政府の経済財政諮問会議において診療報酬改定を諮問会議が担うという構想が突如として出されたが、あれは日医など診療側が我田引水の動きをしないよう牽制する財務省サイドの仕掛けであった」との見方を示した。
「諮問会議の構想については、寝耳に水だった日医の横倉(義武)会長が慌てて安倍首相に電話で直談判し、とりあえず沈静化したように振る舞ってみせているが、政府内ではまだ終わった話にはなっていない。もし日医が非協力的な態度を取り続けるならば、今後の診療報酬の議論は諮問会議が主導する流れになって行かざるを得ないだろう」と続けた。
財務省に近い自民党中堅議員も反発を強めている。「中医協で日医側から『急性期病床の患者は100%急性期ということはあり得ない』との意見が出たようだが、救急医療の必要がなくなった患者が入院費用の高いベッドに居続ける現状を変えていこうというのが改革の意義だ。国を挙げて医療費抑制に取り組もうとしている時に、相変わらず日医は自分たち中心にしか物事を考えていないことがよく分かった」と語る。
その上で、「薬価の引き下げ分が診療報酬本体に回らなくなり、18年度の診療報酬がマイナス改定となることを懸念しての思惑含みの発言なのだろうが、駆け引きのつもりならやめた方がよい。安倍政権が消費税増税に足踏みをしている以上、社会保障費の削減を強化していくしかない。本当に協力が得られないようであれば、政策決定の場から退場してもらうしかなくなるだろう」と同調した。
政府の口出しは受け入れ難い日医
これに対して、日医の内情に詳しい自民党関係者は「日医の会員には病院経営者が多い。どういう患者を受け入れるかは、それぞれの病院の性格を決める大きな要件だ。とりわけ救急医療を中心としてきた病院が、その看板を下ろすことには抵抗感がある。日医が抵抗するのも、病院経営の核心に政府の口出しを許すことは受け入れ難いという会員の声が強いからだろう」と分析する。
日医関係者が続けた。「執行部には、これを簡単に受け入れたのでは組織がもたなくなるのではとの懸念がある。病院経営者にとってまさに死活問題だ。『明日から回復期医療に移って下さい』と言われても、医療スタッフの確保を含めて簡単には変われない。国家財政しか見ていない官僚たちは、医療現場の実態が全く分かっていない」との反論である。
地方医師会の幹部の1人は「診療報酬で誘導するとなれば、閉鎖する医療機関も出てくるだろう。我々は知事をはじめ、地元の議員の後援会を支えてきている。政府が強引なことをすれば全面対決となる」と強気の姿勢を見せる。
ただ、前出の日医関係者からは「横倉会長はこれまでも安倍首相と阿吽の呼吸でやってきた。ぎりぎりまで強気の姿勢でも、最終的には政治的な歩み寄りが図られる」との本音も聞こえてくる。
一方で、厚労省は「地域の実情に応じた医療提供体制の構築に向けて、診療報酬体系の在り方を考える」との立場を明確にしている。
医療界で発言力を持つ横倉会長がこの局面をどう捌くのか。財務・厚労両省と日医を中心とする病院経営者との攻防劇はまだ火蓋を切ったばかりだが、今後の動向に注目が集まりそうだ。
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