稲波弘彦(いななみ・ひろひこ)稲波脊椎・関節病院理事長・院長・CEO(最高経営責任者)
1953年兵庫県生まれ。79年東京大学医学部卒業、同大医学部整形外科学教室入局。都立墨東病院、三井記念病院、虎の門病院などに出向し、90年岩井整形外科内科病院院長。2007年岩井医療財団理事長、15年同財団稲波脊椎・関節病院理事長・院長。
や背中の痛みに悩まされる人々は多いが、その症状は千差万別で、専門的な見地からの診断と治療が必要となる。稲波脊椎・関節病院では必要に応じて内視鏡手術を行っており、その数は岩井医療財団全体で全国の症例数の十数%にもなる。高い技術を広める活動にも取り組む稲波院長に話を聞いた。
◆開院して約1年半が経ちました。
稲波 何とか軌道に乗ってきました。これまでは江戸川区の小岩にある岩井整形外科内科病院で治療していましたが、患者数の増加に対応するために、交通の便の良い品川区にこの病院を新設しました。羽田空港からも近いし、新幹線が止まる品川駅からも近い。もちろん小岩の病院でも診療を続けています。私の専門は、内視鏡による腰や背骨などの手術です。数年前の日本整形外科学会の公表資料で、全国の医療機関の脊椎内視鏡手術件数のうち、小岩の病院が約10%に当たる約1200件を行っていることが示されました。この品川の病院も年間1135件に増えました。また、院内のスポーツ関節センターでは、膝前十字靭帯断裂など運動による故障から早期に運動能力回復の治療をするために、内山英司先生を初めとするスペシャリストを招聘しました。そちらもプロ選手からアマチュアまで、技術力と治療成績を聞き付けた多くの方々がみえて、東京都では膝の前十字靭帯再建手術の件数が最多になっています。
既成概念にとらわれず新しい術式を考案
◆内視鏡手術へのこだわりは?
稲波 腰椎椎間板ヘルニアの9割は数カ月で自然に治り、脊柱管狭窄症でも1本の神経だけが障害されている場合には自然回復例が多くあります。そういった事の説明は医療者の義務です。一方で、患者さんの生活環境に合わせた治療選択肢をより多く提示することは大切で、どのような治療を選ぶのかは患者さん自身です。早く社会復帰をと考えている方や痛みを嫌う方はPLDD(レーザー椎間板減圧術)や内視鏡手術を選びます。入院期間はPLDDでは半日、内視鏡ヘルニア・脊柱管狭窄症手術では1週間以内、内視鏡下固定術でも2週間で退院できます。手術創も、PLDDでは針穴、内視鏡ヘルニア手術や内視鏡狭窄症手術では2㎝弱、内視鏡下固定術では2cm弱の創が5カ所で、手術時間もそれぞれ10分、30分、80分程と負担が少なく、術後も良好です。我々のモットーは「自分が受けたい医療を提供する」ことなので、より安全で高度な医療技術を常に追い続けています。
◆治療に入る前の診断も重視していますね。
稲波 例えば、胃がんならX線写真や内視鏡検査などの画像と生検による病理検査で診断が確定します。しかし、脊椎病変はレントゲンやMRI、CTだけでは最終診断には至りません。画像上は同じヘルニアが見られる人でも、症状がある人もいれば、無い人もいるのです。脊椎や骨盤の関節の問題でもヘルニアや狭窄症と同様の症状を出します。また、脊柱管狭窄症で狭い場所が数カ所にあっても、本当に悪さをしている部位は多くありません。従来の大きく開く手術では良いところまで全部ひとからげに手術するというイメージですが、内視鏡手術では、主訴を起こしている責任部分を特定し、それをピンポイントで治すというのが最大の武器です。それには、細かな診断が必要なので、医師の能力向上にもつながります。ピンポイントで診断し、ピンポイントで手術をする。それは画像だけの機械的な診断だけでできることではありません。
◆新しい術法を考案しましたね。
稲波 腰骨を癒合させるには、椎間板部にケージという10mm×10mm×30 mm程度のスペーサーを入れ、骨同士をネジとロッドで固定するのですが、そのケージを内視鏡の細い筒を通して挿入する手術を6年前に初めて考案し、実施しました。既成概念に捉われていないのが良かったのでしょう。剥離する部分が小さいので、痛みも少なく非常に良い方法だと思っています。
◆整形外科を選んだ理由は?
稲波 東大医学部の場合、半数以上が内科に進みます。授業も内科がほとんど。内科医は「身体を少ししか動かさず、本を読んで、考えて、論文を書いて徹夜する」といったイメージです。私には座って徹夜はできませんが、身体を動かしながらなら徹夜できるだろうと、整形外科を選びました。小さい頃から大工仕事、機械仕事が好きだったんです。最初に専門にしていたのは、手の外科です。神経や血管を結び合わせる手術などですが、東大整形外科にはいろいろな分野のスペシャリストが揃っていて、偏りの無い研修をさせてくれます。その中で背骨、肩、膝そしてスポーツなどの専門家から学ぶことができました。それらは特定部位の専門家が陥りやすい狭い視野から解放してくれたと思います。
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