行政書士らブローカーが制度悪用に介在
観光立国を目指す日本政府が進める「医療ツーリズム」に、医療現場から「待った」の声が上がっている。日本の公的医療保険制度が悪用されている恐れがあるというのだ。その手口は、医療を受ける目的を隠して来日し、医療保険に加入して高額な医療を1〜3割の自己負担で受けて帰国しているというもの。「このままでは、世界に誇る日本の公的医療保険が保険料を満足に納めていない外国人に食いつぶされてしまう」と現場からは憤りの声が上がっている。
本国の家族を協会けんぽに加入
「以前から同様の事例は起きていたと思います。でも、政府の医療ツーリズムの大号令が拍車を掛けたことは間違いありません。他の医療機関の担当者とも連絡を取って、国に対応策を求めるつもりです」と打ち明けるのは、外国人も多く利用する都内の病院の関係者だ。
複数の医療関係者によると、保険の不正利用の手口はいくつかに分類される。「最も目立つのは、中小企業の従業員らが入る健康保険(協会けんぽ)への不正加入です。協会けんぽは外国に住んでいる妻や子供、父母などについても、本人が扶養していると認められれば加入できます。これを悪用するのです」(同関係者)。
扶養親族として加入を認めるかどうかの審査は、事業所のある日本年金機構の各年金事務所で行われているが、「この審査がザル。扶養している証拠となる送金証明書と続柄を示す証明書が必要となるが、いくらでも偽造できる」(医療ジャーナリスト)というから驚きだ。
複数の行政書士らのサイト(中国語)は、こうした手口を紹介した上で手数料を取って申請の代行を謳っている。関係者は「日本人なら戸籍制度がしっかりしているし、名字が違えば調べられる。しかし、海外では夫婦別姓の国も多く、続柄の証明書といっても公的なものかどうかの確認は難しい」という。
制度悪用を巡っては、前記のようなサイトを運営する行政書士らブローカーが介在することも多く、医療機関関係者は「病院に付いてきた通訳と称する人が保険証を何十枚も持っているのを見たことがある」と証言する。「ある医療機関が過去の記録を調べたところ、同じ住所で何人も患者がいた。名前も年齢もばらばらで、そんなに親戚が多いのか謎だとぼやいていた」との証言もある。
当然、保険証の偽造や加入資格の無い人の不正使用が疑われる事案だが、この問題を追及しているジャーナリストによると、「各地の年金事務所を束ねる日本年金機構は『不正など聞いたこともない』『審査は各年金事務所が行っている』と知らぬ顔だ」という。このジャーナリストは「協会けんぽの支払いなどの運営は全国健康保険協会によって行われており、年金機構としては赤字が拡大しようと関係無いという姿勢なのではないか」と分析する。
故郷にいる親戚を呼び寄せて日本の保険を使って治療させるだけでもいかがなものかと思うが、ブローカーは日本で治療を望む中国人を偽造した証明書を使って〝親戚〟に偽装させ、日本の医療保険を使って安価で良質な医療を受けさせている。これでは真面目に保険料を払っている加入者が馬鹿を見ることになる。大企業の従業員が中心の健康保険組合は審査が厳しいため、こうした不正利用は少ないといい、「年金事務所が本腰を入れなければ協会けんぽの不正利用は延々と繰り返される」と医療関係者は対策の必要性を訴える。
さらに、最近になって横行しているのが「協会けんぽほど〝ザル〟ではない国民健康保険を使った不正だ」(国立病院関係者)という。
厚労省関係者が内情を明かす。「外国人であっても、日本に在留する人は、会社の健康保険などに入っていなければ、国保に入らないといけない。以前は1年以上の在留期間が決まっていることが加入要件だったが、2012年の住民基本台帳法改正により3カ月以上の滞在で加入が義務付けられるようになった」
つまり、12年以降は国保加入のハードルが下がったのだ。これにより、3カ月以上の滞在資格が取得できるビザを取得できれば、日本の公的医療機関が使えることになった。
「医療ツーリズムなど、医療を目的とした来日の際は、医療滞在ビザを取り医療費は全額自己負担することになっている。でも、別の名目で来日して、ついでを装って高額な医療を受けても、不正と指摘するのは難しい」(厚労省関係者)。
経営・管理ビザ利用で高額医療受ける
こうした事例で目立つのが、日本で事業を起こす外国人に与えられる「経営・管理ビザ」の利用だ。起業のために500万円程度が必要になるが、高額医療を受けるなら起業の費用を払ってでも1〜3割の自己負担額で済む加入資格を得た方が安い。加入すれば1カ月の上限を上回って医療費がかかった場合に上回った分の医療費が返ってくる「高額療養費制度」も使え、前年の収入が無いため収める保険料も最低で済む。
中国の事情に詳しいジャーナリストは「経済発展した中国では、日本まで来て医療が受けられる中間層が増えた。中国国内の医療機関は混雑していてレベルも低い。それなら日本で、と考える人が増えるのは当然だ」と語る。中国に限らず、周辺のアジア諸国も同様だという。
当然、彼らが受けるのは、風邪などの一般的な医療ではない。「中国国内で手に入らない新薬や高額な肝炎や抗がん剤、移植などの先進医療が中心」(医療関係者)。国の肝炎医療費助成制度を使えば、患者の自己負担が月1〜2万円になるC型肝炎の治療は特に人気が高く、を謳うサイトも数多く出てくる。
外国人も多く訪れる都内の大学病院の医師が言う。「我々だって日本に滞在する外国人が怪我をしたり緊急の医療が必要となったりした時は全力で助けたい。ただ、本国でも治療できる病気や、治療のために来日したと思える患者に公的保険が使われることに疑問を感じるのです」
がん治療薬「オプジーボ」に代表される高額薬の問題は国会でも取り上げられ、オプジーボの薬価は半分になった。医療費の削減が喫緊の課題なのに、外国人の〝タダ乗り〟を許していては、日本の医療保険制度は早晩破綻する。厚労担当記者によると、厚労省は国保の加入や高額療養費の払い戻しの際にチェックを強化するなどの運用見直しを検討中だという。
しかし、前述の医師はこう訴える。「うちの病院が医療保険の不正使用だといって治療を断ったら、患者は別の医療機関に行くでしょう。全額自己負担だと取りっぱぐれるかもしれないから、保険を使ってくれた方が安全と考えて、疑念を持っても不正を見逃す医療機関も少なくない。一部の人が頑張るだけでは、この問題は解決しないんです」。
日本年金機構を含めた厚労省だけでなく、ビザを取り扱う法務省や医療ツーリズムを進める経済産業省など、政府が一体となった対応が求められている。
厚生労働省は、昨年、報道をきっかけに、通知(平成29(2017)年3月13日保国発第0313第1号)を発し、2018年3月に自治体を通して在日外国人の国民健康保険(国保)利用に関する実態調査を行いました。
この調査で明らかとなったのは、2016年11月から2017年10月の1年間における外国人レセプト総数14,897,134件のうち、国保資格取得日から6ヶ月以内に80万円以上の高額な治療を受けたのは1,597件(総数の0.01%)であり、そのうち「不正な在留資格である可能性が残る」とされたのは2名だけでした。厚生労働省自身も、「在留外国人不適正事案の実態把握を行ったところ、その蓋然性があると考えられる事例は、ほぼ確認されなかった 」と述べています。(厚生労働省「平成29(2017)年12月27日保国発第1227第1号」通知)