クリニカルパスの開発・研究、普及、教育などを目的に学会が発足した当時、医療の画一化につながるとの批判があったという。十数年が経過した現在、クリニカルパスは医療の質の管理に欠かせないものとなっている。
◆21世紀になる頃に誕生した学会ですね。
副島 学会創設が1999年で、2000年に第1回の学術集会が開かれています。クリニカルパスは1980年代に米国のカレン・ザンダー氏らが開発したもので、日本では90年代に入ってから研究が始まっていました。私自身は学会の創設に関わっていませんが、クリニカルパスの開発、普及、啓発、教育研究などの必要性を理解さ れた先生方によって学会が発足しています。
◆当時はどのような状況だったのですか。
副島 クリニカルパスの本質があまり理解されていませんでした。私自身、患者用の診療計画書を使っていて、それがクリニカルパスだと思っていました。その後、カレン・ザンダー氏から直接講義を受ける機会があったのですが、そこでアウトカムという目標管理の重要さを理解しました。目標を設定し、達成しなかった場合をバリアンスというのですが、バリアンスの原因を追究していくことで医療の質の向上を図っていく、ここにクリニカルパスの本質があります。バリアンスという概念はまさに目から鱗で、生物現象である医療にそういう考え方を持ち込んだことに驚きました。医療は生物現象だから何が起こるか分からない、というのが当時の一般的な考え方でした。何日で退院できるかという患者の質問に「やってみなければ分からない」と答え、何か不都合なことが起きても「たまたま起きただけ」「起きるときには起きるもの」と言っていられたのです。これでは医療の質を向上させることはできません。
◆パスに反対する意見もあったのでは?
副島 目標を設定したり、原因を追究したりすることに対する反対は強かったですね。当時は治療が標準化されておらず、一人一人の医師が自分なりの治療をしていました。エビデンスに基づいて治療の標準化を図ろうとしても、聞く耳を持たない医師も多かったのです。例えば手術前の剃毛は感染を増やすことが明らかになっていますが、「俺はずっと剃毛しているが感染を起こしたことなどない」と反発する医師もいました。エビデンスに基づいて治療することが、医療の質を向上させるということを理解できないのです。抗生剤の使い方、疼痛のコントロールなども、標準化するのに苦労しました。かつては医師によってやり方が違っていたのです。
資格認定制度がスタート
◆現在の会員数は?
副島 個人会員と施設会員がいるのですが、個人会員が約1400名、施設会員が429施設で、両方とも増加傾向です。2016年に学会認定の資格制度を始めました。16年4月に「パス認定士」の申請受付が始まり、8月に試験が行われました。忙しい人でも無理なく受けられるように、e-TEST(オンライン試験)で行います。この資格を認定することにしたのは、医療プロセスの管理ができる人を育てようという目的からです。クリニカルパスを作成して使用し、バリアンスの分析を行い、それを現場の医療の質の改善につなげていく。こういったPDCAサイクル(行動プロセスの枠組みの一つ)の中心となる人材を育てようということです。33名がパス認定士資格を取りましたが、主に看護師です。医療現場では看護師が活動の中心になっていることが多いので、当然そうなります。資格ができたことで、パス認定士同士で情報交換がしやすくなりますし、病院内で仕事がしやすくなるというメリットもありそうです。病院は基本的に各診療科による縦割りの社会ですから、クリニカルパスのような病院横断的な活動をしていくのは難しいのです。ただ、医療の質のためにも、患者のためにも、横断的な活動が求められていることは確かです。
◆最終的には3段階の資格になるそうですが?
副島 パス認定士の上に「パス指導者」があり、46名が合格しました。さらにその上に「パス上級指導者」という資格があり2018年から認定開始予定です。教育がうまく回転していけば、大きな広がりにつながると思います。医療の質を改善していこうというムーブメントを広げていくには、それを担う人たちを多く養成する必要があります。
電子クリニカルパスの時代へ
◆電子カルテはクリニカルパスの普及に影響した?
副島 紙のカルテだった時代から、クリニカルパスは始まっていました。しかし、紙カルテは融通は利きますが、正確なデータをたくさん集めることができないという問題がありました。電子カルテとクリニカルパスは非常に相性が良く、うまく使うことで診療情報のデータベース化が可能になります。ただ、そのためには、用語の統一が欠かせません。例えば、「発熱がある」という言葉にコードを付け、このコードを基にデータベースを作り、集積したデータを活用できるようにするのです。それを学会の用語・出版委員会が行い、「ベーシック・アウトカム・マスター(BOM)」を作り上げました。いろいろな施設から集めた用語を元に、構造化言語としたものです。これにより、電子カルテ上で、クリニカルパスの作成、バリアンスの収集などができるようになります。そして、このように言語の構造化をしておくと、この言語を使用したパスからは、自動的にデータを収集することができます。それによって、膨大なデータベースが構築できるわけです。
◆電子化で可能性が広がりますか。
副島 電子カルテを導入している病院はたくさんありますが、ビッグデータにするには、クリアなデータが大量に必要です。そのためには、入力する段階から制御することが重要で、できるだけクリアなデータを入れ、データベース化します。逆に、自然文で書いたカルテは、データとして生かすことができません。構造化された言語で入力しておかないと、データのクリーニングに膨大な労力が必要になります。大切なのはクリアなデータが大量にあることで、クリアでないデータはたくさんあってもゴミの山でしかありません。ゴミの中から必要な情報を探し出すのは大変です。
◆データの入力が大切なのですね。
副島 BOMを使ってパスを運用し、クリアなデータが集まるようになると、バリアンス分析が容易になり、改善点を医療現場にフィードバックすることがしやすくなります。小さな失敗から学び、医療の質を上げていくことができるのです。膨大なデータが集まれば、将来的にはAI(人工知能)による診断支援にもつながるでしょう。また、新薬の創出、治療研究、副作用の収集などに応用することができます。こうしたマスターの整備とデータ格納基準が完成すると、電子カルテの互換性や継続性につながり、コストを下げることができます。現時点でパスの電子化では日本の技術は世界のトップを走っていると言って過言ではありません。
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