官邸に対して「独創的な仕事」をアピールする狙いか
厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会」(座長=片峰茂・長崎大学学長)が、2016年10月6日の会合を最後に開かれないままとなっている。当初は将来の医師の必要数や医師・診療科の偏在是正策を年内に取りまとめる予定だったが、既に3度延期された上、次の開催日も決まらない。背景には塩崎恭久・厚生労働相が、医師需給分科会に屋上屋を重ねるような「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会(ビジョン検討会)」(座長=渋谷健司・東京大学大学院医学系研究科教授)を発足させたことが背景にある。
ビジョン検討会は塩崎厚労相の主導で発足。医師需給分科会が15年末から議論を始め、16年5月に了承した中間取りまとめには、分科会メンバーの知らないうちに「医師の働き方ビジョン」の策定が盛り込まれ、その後も事務局の厚労省医政局からは何の報告もなかったという。ところが、中間取りまとめから約半年が過ぎた10月3日、ビジョン検討会は唐突に初会合を招集する。
分科会の医師必要数は「無意味な数字」
非公開とされた初会合で塩崎厚労相は、これまで医師需給分科会が1年近く掛けて積み上げてきた医師の必要数を「無意味な数字だ」と発言した。このことは分科会メンバーの怒りに火を注ぎ、あるメンバーは「専門家が真面目に議論して合意を得た数字だ。それを無意味とはどういうことだ。ビジョン検討会のメンバーがどんな基準で、どう選ばれたのかもさっぱり分からない。これほど非民主的な政策議論がどこにあるのか」と憤りを隠さない。
こうした事情があるだけに、10月6日の医師需給分科会は荒れた。片峰座長は「ビジョン検討会の発足を知ったのは、発足の数日前」と不快感を示し、日本医師会(日医)の今村聡副会長は「何のためにこの検討会を我々が時間をかけて開催しているのか全く分からないことになる」と述べた。NPO法人ささえあい医療人権センターCOMLの山口育子理事長は、「知らない間に検討会メンバーが構成された」「(検討会は)分科会の議論で一度も出てこなかった意見が組み入れられた」とする意見書を提出した。
分科会と検討会の役割分担を問われた厚労省の武井貞治・医政局医事課長は、「分科会は医師偏在対策で、ビジョン検討会は医師需給推計に役立てる需給関係の議論」とあいまいな説明に終始した。メンバーは「医師偏在対策と医師の需給推計はリンクしている」と批判したが、その後、会議はすぐに終わった。
医師需給分科会による推計は、19年度まで今の医学部定員(9262人)を維持することを前提としている。ただ、推計(中位推計)によると、医師数は24年ごろに約30万人となって不足が解消される。さらに48年には1・8万人ほど過剰になるといい、「定員の追加増員が本当に必要か、慎重に精査する」としている。
一方、医師の偏在対策に関しては、地域に診療科ごとに専門医の「研修枠」を設けることや、医師不足地域での勤務経験を保険医登録の条件とするといった案を検討していた。これらは、地域医療機能推進機構の尾身茂理事長の提案をベースにしたもので、分科会内では概ね賛同を得ていたという。
だが、医学部定員の増員に慎重な点や、定員を維持しても将来1・8万人の医師過剰になるという推計は、地域の医療崩壊を懸念する医師らを刺激した。塩崎厚労相はこうした医師らの批判に応え、分科会の議論をひっくり返そうとしている、というのが医療関係者らの見立てだ。
ビジョン検討会が話題となった10月20日の社会保障審議会医療部会。日医会の中川俊男副会長は、医師不足問題について「医師の『数の手当て』の議論は終わっている。いつから医学部定員を減らすかという問題だ」と語った。「非公開で不透明なビジョン検討会に医師養成数の議論を移すのは疑問だ」とも述べ、ビジョン検討委の議論が医学部の定員増につながりかねない点を危惧した。
それでも11月15日、医師需給分科会が開かれないのを横目に、ビジョン検討会は既に3回目を迎えていた。この日は「医師偏在対策」も議論の対象とすることを確認し、ますます分科会との役割分担があいまいになった。会議終了後、厚労省の担当者は「議論の成果の取り扱いについては、省としての意思決定ができていない」と語ったが、分科会メンバーは「こっちは下請けになる」と不満を口にする。
塩崎氏の独断的手法に厚労官僚は不満
塩崎氏と分科会メンバーの間で板挟みとなっている厚労官僚たちは、塩崎氏に振り回されていることにも「大臣のカラーだから」と言葉少ない。ある幹部は「塩崎さんは『俺が一から決めた』という実績が欲しくて、ちゃぶ台返しをしようとしているように見える」と言う。役人がハラハラしている中、骨っぽいことで知られる神田裕二・医政局長は塩崎氏のやり方を認めず、塩崎氏からの電話には出ないという。大臣との意思疎通は局員が間に入っている。
神田局長ほどではないにせよ、塩崎氏の独断的な手法に対して厚労省内には不満のガスが溜まってきている。塩崎氏は14年9月の就任早々、年金積立金の運用をする「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の組織改革をめぐって香取照幸・年金局長(当時)と衝突、以降、省内の人材を信用せず、外部人材を重視していることがとりわけ省内の不信をかき立てている。
ビジョン検討会は、外部の医師らの意見を基に、塩崎厚労相の意向で官僚の頭越しに話が進んだ。そもそも、就任直後から弁護士らを「顧問」や「参与」として省内に取り込み、官僚を遠ざけてきた塩崎氏。ある幹部は「人使いが荒く、内部を信用しない点で(旧民主党政権時代の)長妻(昭元厚労相)と重なる。次は外相狙いだそうだが、今回の医師需給の件も、首相官邸に対する『独創的な仕事をしてますアピール』じゃないのか」と不信感をにじませる。
看護師の需給分科会もビジョン検討会のあおりで方針が変わり、取りまとめが延期された。ビジョン検討会は17年2月ごろに「医師の働き方ビジョン」を策定する。それを待ち、医師需給分科会が改めて医師需給の推計を行うという手順で進みそうだ。医師需給分科会の推計は30〜50代の男性医師の仕事量を「1」とした場合、女性や60歳以上の医師を「0・8」、1年目の研修医を「0・3」、2年目の研修医を「0・5」として計算していた。だが、今になって前出の武井医事課長は「医師がどんな働き方をしているか調査する。前のデータは約10年前と古く、より精度の高い推計をしたい」と言う。「女性や高齢の医師を0・8とか半人前と数え、医師不足を強調するつもりなのか。女性活躍が期待される時代にそんなことはできず、ちょっと数字をいじるのが関の山だろう。遠回りするだけで、壮大な時間の無駄だ」。医師需給分科会の関係者は、苦い顔でそう呟いた。
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