2017年の干支は丁酉(ひのととり)。酉を「取り込む」とかけて、商売に縁起のいい年だといわれる。「酉の市」はその名残だ。さて、政界では自民党が野党議員の「取り込み」を仕掛け、内外に波紋を広げている。小選挙区の区割り変更を見据えた選挙戦略の一環とされる。5月末に示される区割り改定案は、過去最大規模で、100近くの選挙区に影響が及ぶ。政界は「国替え」をめぐって大揺れしそうだ。
「二階(俊博幹事長)さんは、政界のゴミ拾い屋なんだ。ゲス不倫の宮崎謙介氏、路チューの中川郁子元農水政務官、西川公也元農相……。二階派は不祥事のオンパレードだ。今度のターゲットは東大出身者らしいね。派閥に首相候補がいないから、サラブレッドを集めようということらしい。本当にマメなことだよ」
自民党の中堅議員は半ば諦め顔で語る。
「サラブレッド集め」と称したのは、16年11月末に東京都内のホテルで開かれた旧みんなの党代表で無所属の浅尾慶一郎衆院議員(神奈川4区)の政治資金パーティーのことだ。
二階幹事長は入党の可否を審査する党紀委員会の山東昭子委員長と連れ立って出席し、「自民党にこんな立派な議員をお迎えすることができて、大変うれしく思っている」「山東氏もおいで頂いていることは感謝に堪えない。(浅尾氏の入党は)間違いないだろう」とぶち上げた。
山東氏も「経済も外交も分かる非常に素晴らしい能力を持った政治家だ」「できるだけ早く自民党に入ってもらい、大いに活躍してもらいたい」と持ち上げた。
自民党、野党の取り込み作戦展開中
浅尾氏はというと、「犬養毅元首相は首相になるまで5回政党が変わった」と親類から聞いた話を持ち出し、「自民党に入ると、やっと5回目になる。5回以上は(政党の変更を)しないようにしていこうと思っている」と入党に意欲を示した。
同区は、直近2回の衆院選で浅尾氏に敗れ、比例代表南関東ブロックで復活当選した自民党の山本朋広衆院議員が地盤とし、神奈川県連会長の小此木八郎国対委員長代理は浅尾氏の入党に反対している。二階幹事長が山東氏を伴って繰り出したのは、浅尾氏入党の既成事実化を狙ったものだった。
神奈川は政権の実力者、菅義偉官房長官の地盤でもある。普通なら、二階幹事長の強引なやり口を見過ごすことはないはずなのだが、今回は静観の構えだ。
自民党本部の事情通が解説する。
「浅尾氏の入党は読売新聞グループ本社の渡邉恒雄代表取締役主筆のプッシュらしいんだ。浅尾氏の親族がナベツネと懇意で、頼み込んだようだ。二階さんにとっては、派閥拡大の良い材料だ。浅尾氏は労組票も持っていて選挙は強いから、比例代表とうまく調整すれば、自民党は2議席安泰。ついでに民進党などの野党もけん制できるわけだ。菅さんもその辺は十分理解していると思うよ」
知らない間に外堀が埋められた山本氏はたまったものではないが、周辺によると、「小選挙区の公認は自分が貰える。浅尾氏が無所属で出ても、労組票は民進党候補に流れ苦戦する。比例に回ってもらい、浅尾票が自民党にも乗れば自分にとっても有利になる」と存外、意気軒昂らしい。
浅尾氏は、日産グループの創業者、鮎川義介の子孫だ。鮎川は安倍晋三首相の祖父、岸信介元首相らと共に、かつての満州国で強い影響力を持ち「弐キ参スケ」と称された軍・財・官の5人の実力者のうちの1人で、共に長州(山口県)出身も共通している上に先祖をたどれば岸、鮎川両家は縁戚関係にあり、浅尾氏の会派入りは安倍首相にとっても歓迎するところのようだ。
同じく二階幹事長の「取り込み」で、民進党から自民党会派に移った松本剛明元外相(兵庫11区)は伊藤博文元首相の子孫で、こちらも長州につながる。松本氏の父・十郎元防衛庁長官は安倍首相の父・晋太郎元外相と懇意で、松本氏と安倍首相は秘書仲間でもあった。さらに浅尾氏は松本氏の東大、興銀の後輩で昵懇だ。取り込みの裏に長州閨閥の水脈が読み取れる。
この他、岩手、北海道、山梨などで「取り込み」の具体例があり、地下では相当数がうごめいているらしい。「国会運営は数の力で何とでもなる。怖いのは民意の風向きが一気に変わることだ。区割り案が出れば、自民党は大きな影響が出る。国替えをめぐる党内の紛糾は避けられないだろう。今のうちに、できる限り野党の力を削いでおくことが大事なんだ」。自民党選対幹部は「取り込み」の真の狙いをそう語る。
自民党が警戒する「区割り改定案」は5月末に安倍首相に勧告される。区割りは、15年5月成立の衆院選挙制度改革関連法に基づき、「0増6減」対象の青森、岩手、三重、奈良、熊本、鹿児島の6県で小選挙区が1減となり、全面的に区割りが見直される。
さらに、20年の予測人口が最少と見込まれる鳥取県▽人口最少選挙区である鳥取1区(27万75
69人)と比べ1票の格差が2倍以上になると見込まれる選挙区▽鳥取1区の人口を下回ると見込まれる選挙区も対象となる。このため、前出の6県に加え、北海道や東京、埼玉、大阪、愛知、福岡など14都道府県の計100選挙区近くに影響が及ぶ。
衆院解散は区割り勧告との見合いで
区割りを担う衆院選挙区画定審議会では「選挙区が飛び地にならないようにする」などの方針で作業を進めるが、過去の区割りを考えれば「戦国大名さながらに、国替えをめぐる血みどろの争いになる」(自民党若手)とみられている。
いずれにしても、数の多い自民党が最も影響を受けるのは確かだ。そこで、制約を受けそうなのが衆院解散の日程だ。党内では、区割り審の勧告が出る前が望ましいとして「1月解散、2月総選挙」への期待が高いが、「公明党は6月に大事な東京都議選を控えている。2月だと間が近すぎて嫌がるはずだ。むしろ、区割り騒動が落ち着きそうな秋、11月ごろじゃないか」との見方も根強い。
どちらの予想も区割りにびくびくする議員心理が背景にあるが、選挙制度改革は今年の区割りで終わりではない。20年の国勢調査を基に、22年ごろから人口比により忠実な「アダムズ方式」による定数是正が予定されている。この方式の提唱者は米国の第6代大統領、ジョン・クィンシー・アダムズ(1767〜1848年)である。
「『0増6減』でもこの騒ぎなのに、抜本改革になったら流血の大惨事になる。トランプより怖いアダムズ大統領だな、全く」。後継候補に頭を痛める自民党幹部は大きなため息を漏らした。
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