「苦しい財政事情」と言いながら国家公務員給与は増額
この国は、どこまで堕ちていくのか。いくら生活を壊されようが、国民はさして痛痒も感じていなそうで、自身を痛めつけているはずの権力者に抗議の声を上げるわけでもなくむしろ支持し、ただ黙々と、安らぎも潤いも期待できない冷え冷えとした社会に向かって、虚ろな目をしながら進んでいる——。
このように表現するしかなさそうな時代の光景を象徴していたのが、2016年11月25日、「年金カット法案」(公的年金改革法案)が衆議院厚生労働委員会で強行採決されたことであったろう。ところが共同通信が翌26日から27日にかけて実施した全国電話世論調査によると、安倍晋三内閣の支持率は60・7%に達したという。
この「高支持率」が、安倍が米国大統領選挙に当選したドナルド・トランプとわざわざ会談したことが要因と解説されているに至っては、絶句するしかない。この会談は、一国の首相が現職大統領を差し置いて、わざわざ当選したというだけで公職にも就いていない私人に、オバマ大統領のトランプ嫌いの心証を逆なでするように馳せ参じたという、外交的失態にすぎないにもかかわらずだ。
国民が少しでもこの「年金カット法案」の中身及び年金をめぐる危機的状況を理解していれば、「60・7%」という数字は法外と分かるはずだ。そもそも安倍が首相になって以降、この4年間で公的年金は3・4%も減らされている。加えて医療面でも、70〜74歳の窓口負担が2割も引き上げられるなど「老人いじめ」が顕著だが、それをさらに推進するのが「年金カット法案」なのだ。
下げ幅を低く試算する厚労省
この法案では、物価と現役労働者の賃金水準に基づき、公的年金の毎年の受給額が決定される仕組みの内容が実質的に変えられる。つまり、これまでは①物価の下落率が名目手取り賃金の減少率より小さい場合、物価の下落率に合わせて年金額が減額②名目手取り賃金が減少しても、物価が上昇した場合、翌年の年金額は据え置き——となっていた。
ところが今回の法案では、②のケースでも年金は減額となる。要するに物価、名目賃金のどちらかが下がれば、下がった方に合わせて年金額も下がる結果となるのだ。
その結果、民進党の試算だと、年金支給額の下げ幅は5・2%となり、国民年金で年間4万円、厚生年金で14万円の減額となる。一方、「将来の経済状況によるので試算はできない」という理由で当初出し渋っていた厚生労働省の試算では、これが3%だ。両者の隔たりは大きいように見えるが、何のことはない。厚労省の試算は、17年度まで続く厚生年金保険料の引き上げによる可処分所得減少がもたらす名目手取り賃金減少分を、意図的に反映させていないのだ。
どう見ても民進党の試算が妥当のようだが、これでは、現在も年金頼みで生活している高齢者は、大きな打撃を受けるのは間違いない。同時に、物価が上昇しても、それに見合う年金支給額が強制的に抑制される「マクロ経済スライド」が15年から発動されており、43年までに基礎年金は現在より3割も削減される。しかも安倍内閣の「老人いじめ」は、年金削減だけにとどまらない。
安倍内閣は年末の予算編成などに向け、医療分野の負担増を狙っている。11月末に明らかになった17年度予定の公的医療保険制度の見直し案によると、70歳以上の医療費自己負担上限が、住民税を支払う全員を対象に引き上げられる予定だ。
年収約370万円未満の所得層約1200万人を対象に、外来での月額自己負担額上限1万2000円を、来年8月から倍の2万4600円に引き上げる。年金が153〜211万円という低所得層への所得に応じた保険料5割軽減という特例も、廃止するという。しかも、やはり11月末、厚労省は社会保険審議会介護保険部会に対し、「現役並み所得」(単身者、年金収入のみで年383万円以上)の介護保険の利用料負担を、3割にする案を示した。
年金積み立て金「5兆円損失」の真実
高齢者にとっては、ますます生きにくくなるばかりだが、これらは全て「苦しい財政事情」という名目で合理化されている。百歩譲って本当にそうなら、まだ受忍せねばならない気もするが、安倍のやっていることは全てがデタラメなのだ。安倍は参議院選挙前の今年6月、何と言っていたか。
「『株価下落により、年金積み立て金に5兆円の損失が発生しており、年金額が減る』といった、選挙目当てのデマが流されています。しかし、年金額が減るなどということは、あり得ません」(自身のフェイスブックより)——。
「デマ」呼ばわりしておいて、その5カ月後にろくに審議もせず、年金支給額を5・2%も下げる法案を強行採決するというのはひどすぎはしまいか。しかも、「5兆円の損失」も、デマでも何でもない。国民の公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は16年4〜6月期の運用実績で、5兆2342億円もの赤字を出していた。
周知のように、「株式市場の活性化」と称し、安倍がGPIFの資産運用の割合(ポートフォリオ)を変更したのは、14年10月のこと。これによって内外の株式の比率が24%から50%に倍増したが、結果は裏目に出ている。
今年度の第2四半期(7月〜9月)の運用実績は2兆3746億円のプラスだったが、第1四半期に出した5兆2342億円の赤字が埋まっていない。結局、穴の空いた部分を年金支給額の切り下げで埋めようという図式であるのは明白だ。
しかし、元をただせば、ポートフォリオの変更は、安倍が人気取りの最大の手段にしている株価高を演出しようとして、本来安定運用が基本なのを無視し、国民の老後の命綱である年金積み立て金を株式市場により投じようとしたことから生じている。その結果、大赤字を出した責任も取らないどころか、穴埋めで年金が命綱の高齢者に際限なく給付額削減を押し付けようというのが、今回の「年金カット法案」の本質だろう。
一方では、すでに国家公務員の年収を平均5万1000円も増額する改正給与法案が参議院で成立している。「苦しい財政事情」どころか、こちらは大盤振る舞いだ。
総務省の「家計調査結果」によれば、すでに生活保護世帯に占める65歳以上世帯の割合は、今年3月分の速報値で初めて50%を超えた。また高齢者無職世帯の収入と支出の差額分である「不足分」は、05年の月3・5万円から、15年には6・2万円と、1・8倍にも拡大している。
「100年間安心の年金制度」など、少子化と若年世代の雇用環境悪化・貧困化でとうに夢物語と化した。今後、年金の削減が続いたら、どのような事態が生じるのか。虚言癖の権力者が好き放題やり、それに対し有権者が思考停止状態のままであるなら、最悪の未来を待つしかない。 (敬称略)
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