女性医師の離職防止・復職促進を労働環境改善のきっかけに
1月は、厚生労働省の「過労死等防止啓発月間」だった。同省主催のシンポジウムでは、大手広告代理店の電通で過労自殺をした新入社員の女性(当時24歳)の母親が、「命より大切な仕事はない」と訴え、社員の命を犠牲にする企業への疑問を投げ掛けた。
医療職とは、つまるところ人の命を扱う仕事だ。病院経営者は“対岸の火事”と思わずに重く受け止め、自院の労働環境や労務管理の在り方を振り返る機会にするべきである。
2016年1月には、新潟市民病院(新潟市中央区)において、女性の後期研修医(当時37歳)がやはり過重労働の末に自殺した。遺族による情報公開の求めによって、勤務実態が徐々に明らかになりつつある。
15年6月分の電子カルテの履歴によれば、女性を含む同院の研修医43人の労働時間は、時間外労働が月100時間を超える研修医が26人、80時間超が9人、80時間以下が8人だったという。過労死の労災認定は、時間外労働が直前の1カ月で100時間、直前2〜6カ月で月平均80時間を超えることが基準だとされている。
遺族は新潟労働基準監督署に労災申請しており、その判断を待って、病院に対しても損害賠償を求める民事訴訟を行う予定であるという。
「Karoshi(過労死)」は、そのまま英語辞書にも掲載されている。日本独特で、海外ではあまり見られない社会現象だと考えていい。本人や遺族はもちろんのこと、職場、そして社会全体にとっても大きなダメージとなる。
過労死に関する調査研究などについて定め、過労死防止の対策を推進することを目的として、14年11月「過労死等防止対策推進法」が施行された。
これを受けて、15年7月には「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が閣議決定された。大綱には、過労死防止対策のための基本的な考え方、国やその他の機関が取り組むべき重点対策に言及しているが、その他の機関には自治体や事業主も含まれ、当然ながら、医療機関も対象となる。
女性医師に期待する医療機関の対応
自殺した電通社員と研修医が共に女性だったことは、偶然だろうか。男女雇用機会均等法が1986年に施行されてから30年が経過した。医学部入学者における女性の割合は30%を超え、医師数に占める女性の割合は約2割に達する。産婦人科や女性特有の疾患、小児科、健康診断などの領域においては、女性医師を望む患者などの声もあり、医療機関側からも女性医師に寄せられる期待の声は大きい。
しかしながら、女性医師の就業率は、出産などを機に30歳代では70%台まで低下し、M字カーブを描く。医療機関は、女性医師が妊娠・出産・育児、介護、家庭生活との両立をしながらでは仕事を継続しにくい職場である。女性医師が離職してしまうことが医師不足を招き、過重労働という悪循環につながりかねない。
そこで、女性医師の離職を防ぐ方策を考え、復職を促すことは、医師を含む医療職全体での労働環境を見直し、過重労働を軽減するにはまたとない機会となると考えられている。
医師の世界は今も昔も“男社会”であり、男性医師の過重労働が常態化している中で、男性並みには働けないと考える女性医師が離職したり、休職や非常勤化を選択したりしている。男女を問わず、現代の医学生・研修医は、ワーク・ライフ・バランスを重視して、勤務先を選択する傾向が強いとされる。
労働環境を改善していくことは女性医師支援にとどまらず、将来の人材確保に向けての大きな要素となり得る。
例えば、埼玉県内で3病院を展開するグループでは常勤医師のうち、女性医師が4分の1、病院によっては3分の1に達する。10年前から院外に24時間体制の職員専用保育室を完備した他、当直は完全に非常勤医師の対応とした。こうした負担の増加を、将来的に女性が長く働いてもらうための投資と位置付けている。
「働きやすい病院」の条件を考える
労働を監督する省庁である厚労省も、とりわけ医療現場の労働環境改善には力を入れている。同省の「いきいき働く医療機関サポートWeb」(http://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/)では、医療機関の勤務環境改善事例を紹介している。
また、民間では、NPO法人イージェイネット「女性医師のキャリア形成・維持・向上をめざす会」が「働きやすい病院評価(HOSPIRATE)」を開始し、病院の就労環境を評価・認証している。
厚労省には、「くるみんマーク」という認定制度もある。「子育てサポート企業 」として認定を受けると、次世代認定マーク(愛称「くるみん」)を商品や名刺・広告に付け、両立を支援している企業であることをアピールすることができる。
同様に、仕事と介護の両立に向けた職場環境を整備し、介護離職の防止や復職の支援を推進する企業に対しては、シンボルマーク「トモニン(介護をする人を職場で支えて、共に頑張っていく。仕事と介護を共に両立させ、未来を歩くイメージ)」を発行している。
どちらの認定も、医療機関でも取得しているところがある。実際に取得するかどうかは別にしても、「働きやすい病院」の条件を振り返るきっかけにはなるだろう。
また、「労働安全衛生法」の改正に伴い、15 年 12 月から、労働者が 50 人以上いる事業所では、年1回の「ストレスチェック」の実施が義務付けられた。ストレスに関する質問票(選択回答)に労働者が記入し、それを集計・分析することで、自分のストレスがどのような状態にあるのかを調べる簡単な検査である。
検査を受けた労働者に対しては、ストレスチェックを実施した医師など(実施者)から、その結果を直接本人に通知させる。
高ストレス者として選定され、面接指導の必要ありと認められた職員から申し出があった場合は、経営者は医師による面接指導を実施。その医師から、就業上の措置に関する意見を聞き、それを勘案した上で必要に応じた適切な措置を講じなくてはならない。
具体策について、厚労省は指針を示してないが、認知行動療法的アプローチ、気分転換、リラグゼーションなどが必要になってくるはずだ。
また、身近な人が高ストレス者のサインを見落とさないことも重要だ。釈迦に説法だが、自殺した研修医は、「眠れない」「気力がない」「疲れている」と家族に漏らすようになり、睡眠薬や精神安定剤を服用していたという。
そうしたことを同僚や上司が察知した場合、きちんと受け止められる職場環境づくりも欠かせない。
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