残るのは痛めつけられた日本経済の惨状
日銀は11月1日に開催された金融政策決定会合で、物価2%目標の達成時期を「2017年度中」から、「2018年度ころ」に先送りした。これで、昨春以来、実に5度目の先送りだ。日銀総裁の黒田東彦の任期は2018年4月だが、退任までに自身が掲げた目標が未達成に終わるのはまず間違いない。
2%どころか、いまや7カ月連続で消費者物価は下落している。策も尽きて例の「追加緩和」も見送った1日の記者会見では、「責任をどう考えるか」といった質問が出たが、黒田はまともに答えていない。それはそうだろう。「責任」という二文字が黒田の脳裏にあるのかどうか、そもそも疑わしいのだから。
目標未達に言い訳だらけの醜態
自身で「原油下落であるとか、新興国経済の減速であるとか、その他、世界的な共通の事象が影響している」だの、「(家計・企業の)デフレマインドがそう簡単に払拭できていない」等々の、評論家風情の発言を口にしているが、人ごとのような態度と指摘されても反論はできないだろう。
だが、もはや誰もが効果を疑い始めて店じまい同様の有様になった感のある「異次元の金融緩和」を決定した2週間前の13年3月21日、記者会見で副総裁の岩田規久男は何と発言していたのか。
「2年くらいで責任をもって達成するとコミットしているわけですが、達成できなかったときに『自分たちのせいではない。他の要因によるものだ』と、あまり言い訳をしないということです」——。
同じ席で、「(2%の物価安定目標を)達成できると確信している」と豪語したのは、黒田だった。しかし2年どころか3年半以上経った今、黒田・岩田のリフレ派コンビがやっていることは、「自分たちのせいではない」と言わんばかりの責任逃れの醜態に他ならない。
今さら繰り返すまでもなく、「異次元の金融緩和」とは期間が2年に限定された短期決戦のはずだった。だからこそ黒田は、「政策の遂次投入はしない」などと、人前で堂々とうそぶいていたはずではなかったのか。ところが今や、「遂次投入」できるような「政策」すら、枯渇してしまった。
前総裁の白川方明は、「国民に対し、専門家として『想定外のリスクが発生してしまいました』という言い訳は許されない」という言を残して職を去った。白川の評価は別にして、この程度のことは、日銀トップとして最低限の矜持のはず。ならば黒田は、残りの任期中に何をするつもりなのか。まず、「自分のやったことは失敗でした」と、認めることが先決ではないのか。
無論、そんなことをしたら、「アベノミクス」なる安倍晋三の虚言癖の産物も大失敗だったという動かしがたい事実認識を追認することになる。口が裂けても言えないのは自明だろう。だが、事はこの国の経済の浮沈に関わっている。
ここまで日銀が財政ファイナンスよろしく、市場に出回る国債の実に9割近くも大量に買い続けている結果、すでにゆがみきった国債市場で最大の買い手が手を引いたらどうなるかぐらい、容易に想像がつく。国債価格は急落し、長期金利は急上昇するだろう。日銀が無期限に国債を購入できるはずはないのに、肝心の出口戦略がないのだ。あるいは、こんな政策に着手してしまった今となっては、恐ろしいことではあるが出口戦略など描きようがないと言った方が正確かもしれない。
デフレの最大要因は、消費の不足にある。それを、低金利・ゼロ金利や金融緩和で対処するという発想自体が、現在何よりも問われるべきなのだ。しかしながら、いったん決定事項とされたら、責任を取りたくないがために頑なに路線を変更せず、前提を疑いもしないでズルズルと深みにはまっていくというのは、大日本帝国陸海軍のみならず、現在も続く官僚組織の宿痾に他ならない。
当事者たちは将来、退職金と天下り先を確保してのうのうと「責任」ポジションから去っても、残るのは痛めつけられるだけ痛めつけられた日本経済の惨状だけだ。「今だけ、カネだけ、自分だけ」というネオリベラリズムの行動原理は、この連中にも見事に当てはまる。
現実に立ち返ろう。個人消費は戦後最悪の減少率を記録している。物価が上がるという「インフレ期待」を生めば、早めに投資や消費をしようとする動きが拡大し、経済活性化と賃金上昇を促す——という、黒田が描いた当初のシナリオが実現する可能性は、ほぼついえた。
さらに、日銀は大量の円を市場に供給して円安に誘導し、「輸入品価格上昇→物価上昇→企業の売り上げ上昇→給料増大」という展望を描いたが、結局これも絵に描いた餅に終わっている。
黒田が苦し紛れに今年1月に打ち出したゼロ金利も、金融の信用創造を著しく低下させ、銀行や生命保険の経営を圧迫するのみか、年金資金の運用も困難にするマイナスの副作用ばかり目立つ。ならば、記者会見での「いまの政策を続ければ今後物価は上がる」だの「経済は加速する可能性が高い」といった世迷い言は止めるべきだ。黒田にとっては、発想の転換こそが必要だろう。
プライド守るため任期延長の観測も
そもそも人口減少が止まらないこの国で、かつてのように右肩上がりの経済成長を目的とするような発想自体が20世紀の産物で、成熟経済どころかマイナス経済も遠い将来の話ではなくなった21世紀の環境下では、現実離れしている。物価2%目標という設定自体も、同じことだ。
今世紀になって1%前後の成長率しか達成できない中で、物価高だけを人為的に2%に、しかも2年で達成すると宣言したことのおかしさを、いい加減この辺で気付くべきではないのか。リフレ派コンビが見苦しく言い訳するように、何も「外的要因」によってそうした宣言の達成が阻害されたのではない。
ところが黒田は、白旗を揚げて引責辞任するどころか、18年4月の退任までに「2%」が達成できなかった場合、自身の「プライド」から、続投で5年の在職任期の延長もすでに視野に入れているのではないかという観測が、一部に流れている。ちなみに日銀法では総裁の再任は認められているが、戦後にこの例はわずか一回しかない。第20代総裁で、旧大蔵省による日銀支配の下地を作ったとされる山際正道だ。
しかも、安倍もごり押しで10月に自民党総裁の任期を「3期9年」に延長した。だが、責任どころか反省という意識もなさげな「アベノミクス」と「異次元の金融緩和」のコンビがもしも18年以降も続くような事態になれば、空恐ろしさを通り越して破局の予兆的事態が現実となる恐怖を味わわねばなるまい。その悲壮な覚悟が、経済音痴を虚言で取り繕うだけの能しかない男をこれまで4回も国政選挙で勝たせた国民に、果たしてあるのかどうか。 (敬称略)
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