安易な転換は結局立ち行かなくなる恐れがある
専門医の質の向上を目指す新専門医制度。研修や指導をする医師が都市部の大病院に集中し、地方の医師不足に拍車を掛けるとの懸念の声が病院団体などから噴出。第三者機関の日本専門医機構の執行部は交代した上、同制度の開始時期は2017年度から1年間延期されたが、課題は山積みだ。
そのような中、同制度に関する医療現場の生の声を集めようと、10月1日に東京保険医協会主催のシンポジウム「専門医制度は本当に必要なのか?」が東京・新宿区の同協会内で開催。医学生からベテラン医師まで約100人が参加し、率直な意見が相次いで出された。
専門医制度の目的は偏在対策ではない
座長を務めた独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター精神科医の杉原正子氏は、専門医制度の目的について「患者や市民にとって質の高い医療を提供する医師を育てること、および、その医師を専門医として認定し、患者や市民に分かりやすく示すこと」とし、医師の偏在対策ではなく、教育と評価が目的と述べた。
新専門医制度は、19の基本領域のいずれかを選択して原則3年間研修を受け、希望者はより専門的な領域の研修を積む2段階方式である。2段階の研修を終え、卒後8年になっても、まだ後期研修を終えたばかりということになる。杉原氏は米国の例を出し、米国もレジデントやフェローの期間が3年あるが、チーフレジデントやフェローになれば幹部候補になったり給与が大幅にアップしたりするインセンティブが働く点を指摘した。地方勤務には、医師の配偶者の仕事を用意したり、子供の大学入学資金をサポートしたりする福利厚生がある点も紹介した。この他、米国の制度の参考になる点として、指導医や同僚、関係する多職種のスタッフだけでなく患者からも含む360度評価の必要性、レジデントやフェローの弱点の早期発見、チーフレジデントらの早期介入による落第や年限延期の防止、進路変更が容易なキャリアプランの導入──を挙げた。
続いて登壇した大泉生協病院の齋藤文洋院長は、地元練馬区でのアンケート結果を基に次のように話した。
「患者は専門医志向といわれるが、あくまで医師側がそう思っているだけ。実際は多くの患者が身近なクリニックに行っていた。患者は何でも相談できる総合的な医師を求めているのに、実際はかかりつけ医がいない人が多かった。これからはファミリードクターがキーワードとなる」
齋藤氏は現状の専門医制度の不備も指摘。例えば、小児科の専門医制度では、全都道府県で研修医施設が1カ所しかない自治体が21県もあり、1年間に認定される専門医は4人ほどの自治体もあるという。
「どう見ても足りない。これでは地域のためにはなっていない。医師のためかというと、研修を受ければ専門家にはなれるが、個人の負担は大変だ。一方で学会の権威は高まる。専門医は市民のためになっていない」と述べた。
また、日本専門医機構のホームページには機構と学会の関係に言及しているが、医師や患者にとっての意味が記されていない点を指摘。「専門医制度を通して、国民に信頼される良質な医療を提供するための諸施策を検討する」とある点に対し、「機構は専門医をつくってから施策を考えると言っている」と述べた。その上で、「何のために、誰のためにつくるかは、実は書いていない」と指摘した。
さらに医師側からの視点として、「キャリアと専門医を考えた時、複数の専門医を持っている医師が頑張ったと評価されることになる。専門医の認定を持っていない医師はキャリアがないということなのか。それはおかしい。私は何の専門医も持っていない。専門医になるインセンティブも厳しいとなると、かなり考えて改革しないと矛盾した制度内容になってしまう」と述べた。
専門医制度の議論でよく登場するのが、プロフェッショナル・オートノミー(専門職業人として自律)だ。平易に言えば、自分で立てた規範に従って自分のことは自分でやっていくこと。齋藤氏は、医師は専門医制度がなくてもきちんと勉強しているとした上で、「さまざまな疾患に対応できる『横の専門医』と、深く対応できる『縦の専門医』がある。横の専門医は地域のためになり、縦の専門医は医師のキャリアになる。両者の区別が必要」と指摘した。
一気ではなく五月雨式に進めるべき
最後に登壇したのは、日本専門医機構の前副理事長で、現在は独立行政法人労働者健康安全機構理事長を務める有賀徹氏。「なぜ19領域が基本領域なのか、一度も議論されたことがない」と指摘。新専門医制度のプログラム制についても、「都市部や大病院に若い人材が流れることになり、集中と分散という意識が弱くなる。無理に医師の研修プロセスを“見える化”する必要はないのではないか」と述べた。
また、有賀氏は「専門医制度は医療の在り方、 ひいては社会の在り方に影響される。現在は医療資源の公正な配分が必要」と話し、地域に必要な救急医療や総合診療の重要性を指摘した。
新専門医制度は混迷化によって、「政治マター」になっていると述べ、「全領域を一気にやるのではなく、五月雨式に進めるべき」と話した。
会場には厚生労働省からの出席者もいた。マイクを向けられると、「専門医を育てるのは公正な資源配分のため。どこでどれだけの医師が働くかが、地域や日本の医療の在り方を決めると思っている。日本はどういう仕組みをつくるのかを考えるのが行政的発想」と発言した。
また、会場には医学生たちの姿もあった。東京の大学医学部3年生は「どうキャリアを積んでいけばいいのか分からない。制度が変わって将来設計が分からなくなっている。大学では基礎的なカリキュラムでいっぱい、いっぱい。どうすればいいのか」と質問してきた。
内科で初期研修2年目という男性からは「総合診療科にも興味はあるが、将来的なキャリアアップが不透明すぎる。目指そうという気にはなれない。医師の地域偏在には、インセンティブを与えるなど学会が知恵を絞るべきではないか」との意見があった。
また、地方大学の医学部5年生は「なりたい医師になれない制度はうれしくない。機構には我々学生が理解できる広報を徹底してほしい」と機構の情報発信の少なさを指摘した。
現役の内科開業医は、「専門科には柔軟性があっていい。役人がつくった硬直性のある制度はいらない。政治の力に動かされてはいけない。医学・医療をねじ曲げる動きには抵抗しなければならない」と強い調子で述べた。
他にも、「学会は学術的なことだけでなく、地域医療も考えるべき」「今の仕組みを壊さないでほしい」など医師からの発言が相次いだ。現場感覚から乖離した制度は混乱と医師の負担を強いることになりかねない。
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