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第96回〝モノ言う〟二階幹事長と安倍政権の変質

第96回〝モノ言う〟二階幹事長と安倍政権の変質

 各地に災厄をもたらした長雨が去り、爽快な季節を迎えた東京・永田町では秋風ならぬ解散風が強まっている。発信源は今回も安倍晋三首相の側近、自民党の下村博文幹事長代行だったが、「風」に乗じて二階俊博幹事長が次々に奇策を繰り出し、党内外に波紋を広げている。安倍首相の「イエスマン」ばかりで覇気のなかった自民党は、久々の「モノを言う」幹事長の出現で、古色をまといながら、雰囲気を変えつつある。

 かつて、自民党では、副総裁や幹事長、派閥領袖ら実力者が世論や党内情勢を探るため、衆院解散や重要政策に関して突飛な発言をすることがたびたびあった。発言は、その性質から「観測気球」「打ち上げ花火」「ブラフ(脅し)」などの異名で呼ばれ、いわゆる「55年体制」の象徴だった。二階幹事長の登場で、この伝統芸がよみがえりつつある。

 「選挙の風は吹いているか吹いていないかと言われれば、今はもう吹き始めているというのが適当だ。首相と少し話したが、これだけ風が吹いてくると、今、選挙準備に取り掛からない人がいるとすれば論外だ」

 二階幹事長は10月10日、記者団に来年早々の衆院解散をにおわせた。永田町では、例年1月開催の自民党大会が来年3月5日に変更されたのを機に「来年1月解散説」が広がっていたが、選挙を取り仕切る幹事長の発言だけに反響は大きかった。

 自民党の若手議員が語る。

 「1月解散の心構えはしていたが、二階さんの発言を聞いてしっかり準備するよう指示した。それにしても、幹事長があそこまではっきり言うのには驚いた。だって、今の安倍政権になってから、幹事長が踏み込んだ発言をすることはなかったから。石破(茂)さんも、谷垣(禎一)さんも『総理の専権事項だから』と表向きは何も語らなかった。官邸と党本部との力関係が微妙に変わってきた感じがする」

 戦後26回の衆院選を見ると、衆院議員の平均任期は2年9カ月。つまり、2年9カ月に1回の割合で衆院選が行われている。任期満了に伴うのは1976年12月の1回のみだ。興味深いのは、政権がころころ変わり「失われた10年」と称された1990年代以降、民主党の野田佳彦政権までは任期3年以上での衆院選が多く、その大半は与党に分が悪いことだ。3年以上経過すると、さまざまな問題が噴出し、追い込まれた末の衆院解散になるケースが多いからだと、専門家らは分析している。

 「強い政権を保とうと思うなら、早めの衆院解散がいい。逆に言えば、早めに衆院解散を打てるのは強い政権の証しということ。二階さんは、その辺がよく分かっている。ただし、今回の発言には、先々を見据えた戦略とブラフ(脅し)も含まれているけどな」

 自民党幹部はそう読む。

小池知事取り込みの打算と思惑
 二階幹事長を鮮烈に印象付けたのは、就任早々、安倍首相の自民党総裁任期延長を支持し、半ば強引に道筋を付けたことだろう。これで安倍首相の信頼を取り付けると、一時、自民党と敵対関係になった東京都の小池百合子知事との関係修復に動き、それに成功した。小池知事の後任を決める衆院東京10区補選と、自民党分裂選挙となった衆院福岡6区補選を見越しての判断だったとされる。東京10区では、小池氏の側近で自民党前職の若狭勝氏の応援に二階幹事長が足を運び、福岡6区では、二階派の武田良太衆院議員が推す前福岡県大川市長の鳩山二郎氏の支援に小池知事がはるばる駆け付けた。

 いずれも異例の事だけに党内では「二階さんは自分の子分を増やすためなら、何でもありだ。福岡では勝った方を後から追加公認するのだから、本来中立な立場の幹事長が小池知事を鳩山陣営にだけ肩入れさせるのはルール違反だ。我田引水が過ぎる」との批判も噴き出した。

 二階幹事長にすれば「自民党東京都連に気兼ねして小池知事との関係修復に反対した奴らが何を言うか。福岡は公認候補がいないのだから、誰が誰を応援しようと文句を言われる筋合いはない」ということなのだろうが、当人はこの件に関しては黙して語らずだった。

 冒頭の「解散風」発言は、東京、福岡補選の告示の前日というタイミング。「選挙を仕切る幹事長が誰なのか分かっているな」。党内の反二階勢力には、そう聞こえたかも知れない。

 二階幹事長の側近が解説する。

 「小池知事の取り込みは、民進党に蓮舫代表が誕生し、次代の総裁候補と目される稲田朋美防衛相が白紙領収書問題に見舞われた状況を見定めた上での判断だと思う。今の小池フィーバーが来年まで続くか分からないが、首都の知事と敵対するのは愚策だし、小池新党の結成もささやかれている。先手を打ったんじゃないですか。女性首相も視野に」

存在薄まる菅長官は派閥結成?
 何かと話題の多い二階幹事長のせいで、最近、存在感が薄いのが菅義偉官房長官だ。安倍政権の「黒幕」と党本部や官僚たちから恐れられてきたが、最近は安倍首相との関係も微妙だとささやかれ始めている。二階幹事長の「解散風」発言を問われた記者会見では「政府がコメントするのは控える」と建前を述べた上で、こう付け加えた。

 「幹事長は衆院は常在戦場である、2年近くたてば次の選挙のことを考える必要があるだろうと、幹事長らしい、百戦錬磨の経験から述べられたと思う。いずれにしろ解散権は総理の専権事項であって、総理がやるということであれば行われる。しないということであれば行われない」

 慎重な物言いだが、言葉の端々には幹事長発言に対する複雑な感情がにじんだ。

 菅長官は先の内閣改造で幹事長を希望した。願いはかなわず、二階幹事長にポストを奪われた格好だが、在任期間は歴代最長を更新中で、名官房長官の呼び声も高い。年齢は67歳。まだまだ先が望める立場であり、党内の一部には「ポスト安倍」を見据えて菅派を作るべきだとの声も出ている。しかし、第1次政権からの安倍側近グループには、強大になり過ぎた菅長官は警戒すべき存在として映っていた。

 二階幹事長の起用は、こうした声も踏まえ、菅長官の他にもう1人の実力者を手元に置きたいという安倍首相の深謀があったとされる。共に秘書上がりの地方出身者。立ち技、寝技の双方がこなせる「党人派」を両輪に据えることで、政権基盤を安定させるもくろみは今のところ、うまく作用している。しかし、「妖怪」にも例えられる二人の歩調が合わなければ、政権は屋台骨から崩れることにもなり兼ねない。二階幹事長の言動は、政権の将来を左右する大きな要因の一つになりつつある。

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