抜本的な対策を講じない限り「国民の貧困化」へと拡大
『産経新聞』(電子版)の3月24日付によると、安倍晋三内閣は「景気刺激のため編成する平成28年度補正予算案の目玉として、若年層の低所得者対策を盛り込む方針を固めた」という。
この記事では「若年層の消費の落ち込みが目立つため、ピンポイントでテコ入れを図りたい」だの、「低迷する個人消費の底上げを図るためには、若年層の消費刺激策が欠か↘せないと判断」しただのと、もっともらしく安倍内閣の「考え」が解説されているが、要するに〝商品券〟を配るということだ。
いまだに「細部は4月から詰める」とされながら実施される気配はないが、これこそ安倍晋三の無能と発想のお粗末さが端的に示された事例だろう。額がいくらになるのか不明だが、商品券を配れば「低迷する個人消費の底上げ」になると本気で思っているのなら、もう絶句するしかあるまい。しかも、これが「補正予算案の目玉」というのだから、なおさらだ。
善意に解釈すれば、いつものように選挙前のアドバルーンと考えて内容など期待するのが野暮なのだろうが、近年問題になっている若者の貧困は、確実に日本経済の今後を左右する致命的なファクターの一つになりつつある。
それが理解できていないから、一時的な商品券配布などという愚策が登場するに違いない。
若者の貧困化がもたらす消費不況
総務省が9月30日に発表した8月の2人以上世帯の家計調査では、1世帯当たりの消費支出は27万6338円で、実質で前年同月比4・6%の減となった。
これで6カ月連続のマイナスとなり、経済は消費不況から脱することができないトレンドが固定化しつつある。そして、その主要因が若者の貧困化なのだ。
データは古いが、厚生労働省の2007年の「賃金構造基本統計調査」によれば、年収200万円未満のワーキングプア率で見ると、世代別では20歳から24歳までが最も高く、58・9%に達している。7年後の14年の同省「国民生活基礎調査の概要」では、世帯人員1人当たりの平均所得金額では、29歳以下が177・8万円、30歳から39歳までが174・8万円と、世代別では最低値で並んでいる。
この二つのデータで必ずしも単純比較はできないが、確実にこの社会で若年層の貧困がそのままスライドしていき、やがて全世代に及んでいくのではないかという、一つの仮説を示す。
無論、昇給を考えれば年代ごとに個人所得は上がっていくはずだが、すでに30歳から39歳までの所得が29歳以下のそれを下回っているという事実は、脱出困難な貧困スパイラルが作用しているはずだ。
前出の『産経』記事では、「1月の家計調査(2人以上世帯)では、34歳以下の若年層の消費支出が前年同月比11・7%減と大幅なマイナスで、全世帯平均の3・1%減と比べても落ち込みが目立った」といっており、消費不況は「34歳以下の若年層」によってもたらされる面が大となっている。
逆に、総務省統計局の毎年の『家計調査年報』を見ていくと、消費支出全体に占める65歳以上の高齢世代の比率が年々高まっており、全体の4割弱にまでなっている。2000年を基準にすると、全世代の消費支出額の1年当たりの平均伸び率は14年の時点でマイナス0・61となり、特に24歳以下はマイナス1・96%と落ち込みが目立つ。これが65歳以上になると、ほぼ横ばいであるため、相対的に消費支出の割合が高くなる計算だ。
だが繰り返すように、このままではいずれ65歳以上もマイナス値になるのは時間の問題だろう。現時点で若者の貧困に抜本的な対策を講じない限り、ジリジリと世代の推移に伴って国民(消費者)の貧困化として拡大していき、日本経済は確実に沈んでいく。
結婚資金不足の未婚で少子化に
それだけではない。この国の未来に最も暗い影を投げ掛けながらも歯止めが掛からない少子化に、好転を阻むダメージを与える。国立社会保障・人口問題研究所が15年6月に実施した調査結果では、18歳から34歳の未婚の男女約5000人のうち結婚願望があるのが9割に近い一方で、「結婚の障害」についての筆頭に「結婚資金」があがっている(男性43・3%、女性41・9%)。
一方で、この1月に財務省主計局が発表した「平成28年度予算への反映等」という文書によると、「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策の一環として、結婚に対する取組や結婚等の機運醸成の取組に対象分野を集約し」とある。
要するに国や自治体が「婚活」を支援せよという方策だが、商品券バラマキに勝るとも劣らぬお笑いぐさだ。結婚できない男女が増えれば子供が減るのは当然だが、結婚できないのは何も「機運醸成」の欠如にあるのではない。若者が「結婚資金」のメドも立たぬほど構造的に貧困に追いやられ、当事者たちはそこから脱却する展望も見いだせないためなのだ。
2月10日に参議院で開かれた「国民生活のためのデフレ脱却及び財政再建に関する調査会」で、参考人として発言した東京大学社会科学研究所の大沢真理教授は、消費不況や相対的貧困率の上昇、若者の貧困化などの一連の問題について触れた後、最後に次のような言葉で締めくくっている。
「正社員と非正規労働者の待遇の格差を解消する必要がございます。その効果は、結婚したい人が結婚できるようになり、子供を産み育てたい人の希望も実現しやすくなると」——。
正論だろう。1990年代後半から日本の雇用形態は激変し、正社員に代わって非正規雇用が増大した。その比率は総務省によると、15年で約4割となり、女性に限れば約7割となっている。
賃金の割合が正社員と比べて10対6となる非正規雇用は若年層に顕著で、もはや大学を卒業しても正規雇用の仕事に就ける保証はない。
しかも、非正規雇用の増大に拍車を掛けているのが、言うまでもなく改悪に改悪を重ねてきた派遣法だ。世界で賃金面での均等待遇や差別禁止規定がないのは日本の派遣法のみで、正社員の数分の一の賃金を強いられる。若者を中心に派遣社員が増え続けて、消費不況から脱却できるはずがない。
かくして若者の貧困化、消費者不況、少子化という相互に関連する日本経済の死病は、無為無策のまま放置されている。この国の政治家も、非正規雇用増大で潤う財界の経営者も、自分さえ良ければ、後は野となれ山となれの心境なのか。
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