米中首脳によるパリ協定への参加表明、エスカレートする北朝鮮の核実験、北方領土返還をめぐる日露首脳会談、さらには日中首脳会談……。今年秋の外交シーズンは、いつになく盛りだくさんだ。安倍晋三首相は随所で存在感を示し、その手腕を評価する世論も目立つが、各国の思惑が絡む国際政治は虚実の判断が難しい。「武器を使わない戦争」ともいわれる外交。表向きの派手さに目を奪われれば、核心を見失いかねない。
一連の安倍外交で、もっとも国民の関心が高かったのは9月2日にロシア・ウラジオストクで開かれたプーチン大統領との日露首脳会談だろう。戦後71年の懸案で、過去何度も頓挫してきた北方領土返還交渉と日露平和条約の締結が実現するのではないかと期待を持たせる内容だったからだ。
「自分のふるさとへ招くということは、相当の決意と受け取っていいのではないか」
自民党の二階俊博幹事長が指摘するように、今回の首脳会談の眼目は安倍首相が「12月15日」と日時を限定した上で、地元である山口県長門市にプーチン大統領を招待した点にある。
日露外交筋が語る。
「国益が絡む外交はさまざまな要因で動くが、二国間関係に関して言えば、首脳同士の人間関係によるところが大きい。日米関係に顕著だが、首脳が地元や自宅に相手方を招くのは、親密度を示すバロメーター。山口での首脳会談実現は、その意味で、歴史的交渉の場となる可能性を秘めている」
北方領土交渉は過去に何度も失敗している。1990年代以降、日本の首相が頻繁に変わったことも影響しているが、経済利益を求めるロシアの現実主義と、「戦後の決算」という感情論がついて回る日本外交とのズレ、さらには米国の意向など複雑な要因が絡み、調整が難しいからだ。
北方領土返還で安倍総裁3選確定?
今回の日露首脳会談は、クリミア併合など「力」による国境の変更で、国際社会から孤立気味のロシアに対し、日本側が一定の配慮を続けてきたことや、日露接近をけん制してきた米国のオバマ政権が「レームダック(死に体)」で、米国の意向をあまり気にする必要がなかったことなど、好条件にも恵まれた。しかし、11月に決まる新たな米大統領の外交方針によっては軌道修正を迫られることもあり得るし、各地で領土問題を抱えるロシアが態度を急変させる可能性も否定できない。
敗戦の象徴ともいえる北方領土問題の解決は、戦後レジームからの脱却を目指す安倍首相の政治理念と合致する。しかし、外交は多国間の力学であり、憲法改正などとは問題の性質が異なることも認識しておかなければならない。
ロシアとの接近は、中国、韓国、北朝鮮など東アジアのみならず、米国や欧州諸国との外交関係にも少なからず影響を与える。中国や北朝鮮に対するけん制では一定の効果が期待できるが、米欧に複雑な感情を抱かせ、米欧と中国の接近を招くことも考慮しておかなければならない。国民の耳目を引く北方領土交渉の進展は、国内問題であると同時に世界情勢にも変化をもたらす複雑な外交ゲームの起点になるかも知れないのだ。
幕末から明治を生き抜いた政治家・勝海舟は、外交についてこんな名言を残している。「内閣からもつまはじきにされ、国民からも恨まれるかもしれない。朝鮮人やロシア人から憎まれるかもしれないが、良い子になろうなどと思うと、間違いが起こる」。韓国で起きた閔妃暗殺事件の後処理に向かう外務官僚・小村寿太郎に贈った言葉で、「良い子になろうと思うな」が外交の枢要だ。
豊富な資源に恵まれた北方領土には、経済界はじめ国民の関心が高い。自民党の一部には「北方領土返還という偉業の達成で、安倍政権は佐藤栄作政権を超える長期政権になる」との浮かれた声もあるが、歴史的偉業にこだわれば先々は危うい。「安倍首相の決意は尊い。しかし、国民的関心が高まる山口での返還交渉に失敗すれば、信用は失墜する。政権にとっては両刃の剣だ」(自民党長老)。
中国の連衡策に敗れた日米の合従策
変化を期待させた日露首脳会談とは裏腹に、中国の「力」による海洋進出に歯止めをかけようと腐心したアジア外交は難渋している。
安倍首相は9月5日夜、主要20カ国・地域(G20)首脳会議出席のため訪れた中国・杭州で、習近平国家主席と会談。東シナ海での偶発的な衝突を回避するための「海空連絡メカニズム」の早期運用など関係改善策を協議していくことで合意した。
首脳会談は1年5カ月ぶりで、3回目。14回を数えるプーチン大統領との首脳会談に比べれば、中身が薄いのは仕方ないが、この時、両首脳の本当の関心事はラオスの首都ビエンチャンで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の行方だったとされる。
南シナ海問題をめぐる仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)の判決が中国の権益主張を退けてから2カ月。日本は米国と共に「法の支配」を掲げ、中国に判決を認めさせようと包囲網の形成に努めてきた。今回のASEAN首脳会議は、判決後、初めて習主席がASEAN首脳と顔を合わせる機会であり、その成果が試される場面だった。
しかし、判決を勝ち取ったはずのフィリピンが米国との折り合いを欠き、中国寄りの態度を示したことから、ASEAN首脳会議は「完全な中国ペース」(政府関係者)となった。最終日に出された共同声明は仲裁裁判所の判決には触れず、領土問題や紛争については「直接の関係国による協議と交渉を通じて解決を目指す」との方針が示された。日米の思惑ははずれ、政府関係者からは「東南アジア諸国が一対一で中国に向き合えるはずもない。中国の覇権を認めたようなものだ」と落胆の声さえ漏れた。
「日米は『法の支配』という共通の概念で、東南アジア諸国を結束させ、中国に対峙させようと試みた。いわば合従策。中国は経済の結び付きを最大限に生かし、合従を切り崩す連衡策だった。中国の故事さながらの争いだった。今回は敗れたが、中国の現在の路線が永遠に支持されるわけでもない。転機は必ずやってくる」。自民党幹部はそう読む。
国際政治は敵味方という二元論では割り切れない複雑な構造をしている。それは、「外交には敵も味方もない。あるのは国家利益だけだ」と旧ソ連のゴルバチョフ元大統領が喝破した通りだ。安倍政権の長期化は半ば既定路線になりつつある。外遊好きで、ゲームキャラクターのマリオに扮するなど国民受けのいいパフォーマンスを厭わないリーダーの特質を理解した上で、外交イベントの華々しさの奥に潜む各国の利害の衝突や、日本の国益を冷静に見定める努力が必要だ。
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